平均化される肖像
──平成0x29A年 日時不明
視界の隅で、デジタル時計の数字が「--:--」と点滅を繰り返している。記録欠損。ここでは珍しいことじゃない。重いシャッターをこじ開けると、埃の匂いと共に「平成」が肺に流れ込んできた。
旧渋谷エリア、第402ヘゲモニー期における文化保存区。党ドクトリンが「社会安定に最適」と定義した、極彩色で支離滅裂な時代のエミュレーションだ。
「澪、またバイタルが上がってる。深呼吸して」
脳内に直接、母さんの声が響く。亡くなった時の記憶をベースにしたエージェント。彼女は今、法定倫理検査の直前で少しノイズが混じっている。腕に巻いた触覚フィードバック端末が、母さんの忠告に合わせてトントンと優しく手首を叩いた。
「わかってるよ。このエリアの空気、肌に合わないんだ」
私はeペーパー端末を開き、今日の作業指示を確認した。第0xAF42内閣ユニットが5分前に閣議決定したばかりの「文化整合性パッチ」の適用だ。このユニットの総理大臣が誰かは知らないが、随分と仕事が早い。
目的のブースは、フロアの奥で不自然な発光を放っていた。縦長の筐体、派手なカーテン。かつて「プリクラ」と呼ばれた機械だ。その横で、一台の古い通信端末が、電子音の塊のような『着メロ』を鳴らし続けている。16和音のチープな旋律が、静まり返ったフロアに不気味に反響していた。
「これ、バグってるわね」
母さんの声に緊張が走る。プリクラ機のモニターには、エラーログではなく、うねるような二重螺旋のグラフィックが表示されていた。国民の遺伝子ネットワークに流れる皇室由来のコードが、エミュレーションの隙間から漏れ出している。
私は端末を筐体に接続し、アルゴリズムの修正を試みた。だが、触覚フィードバック端末が突如、激しい拒絶反応のような振動を返してきた。熱い。皮膚が焼けるような感覚。
「澪、離れて! 党ドクトリンが上書きを拒否してる。この機体、ネットワークの『核』に繋がってるわ!」
カーテンの隙間から、一枚の感熱紙が吐き出された。最近の若者が遊んでいた形跡だろうか。私はそれを拾い上げ、絶句した。
そこに写っていたのは、数人の少女たちの姿だった。しかし、顔が奇妙だ。全員が、全く同じ顔をしている。個性を強調するはずの「デカ目」や「美白」の加工が極限まで進み、その果てに、誰でもない、しかしどこか高貴で、あまりにも「正しい」日本人の平均顔に収斂していた。
ふと、筐体の鏡に自分の顔が映った。
触覚フィードバックの振動が止まる。代わりに、着メロの旋律が、一糸乱れぬ雅楽のような響きへと変わっていく。
「澪……あなたの顔……」
母さんの声が、ひどく遠く感じられた。エージェントの同期が切れていく。
鏡の中の私は、さっき見た写真の少女たちと同じように、穏やかに、慈悲深く、そして完璧に均一な微笑みを浮かべ始めていた。日時も名前も、もう必要なかった。私はただ、この巨大な連鎖の一部として、正しく現像されていく。