電池の棚、データの隙間

──平成0x29A年04月26日 18:20

俺は廃棄リサイクルセンター第二分室の、個人データ保全係だ。

十八時を過ぎると分室は静かになる。分別ラインの音が止まり、乾電池の山だけが薄暗い照明を受けて鈍く光っている。今日は単三が多い。九〇年代の家電ブームの名残か、それとも平成エミュの影響か。俺にはどっちでもいい。

空中ディスプレイに、再同期エラーの警告が三件浮かんだ。

「おい、またか」

叔父のエージェントが呆れた声を出す。津田清——享年56、データセンター火災死。生前は古いサーバルームで働いていた。俺の仕事を見守るには適任だ。

「三件目は深刻だぞ。本人の医療履歴が二重にある」

再同期トラブルは、廃棄物に紐づいた個人データを新システムに移し替える際に起きる。今回は古いナノ医療パッチの廃棄申請が引き金だった。パッチには治療履歴が暗号化されて残っていて、それが本人の現行データと食い違っている。

「どっちが正しいんだ?」

「分からん。片方は平成0x287年、もう片方は0x289年だ。どっちも同じ病名で、どっちも生存している」

俺は溜息をついて、壁のカレンダーを見た。紙のやつだ。四月の欄には手書きで「26日・再同期三件」とメモしてある。デジタルのスケジュール管理は信用できない。平成エミュのせいで、iモード風のUIとクラウド同期が混在していて、しょっちゅう予定が消える。

「手動で洗い出すしかないな」

叔父のエージェントが頷く。「昔はこういうのを『データクレンジング』って呼んだもんだ」

俺は分室の奥、アナログ記録庫に向かった。ここには物理バックアップが残っている。ダンボール箱に詰まった紙の申請書、MDに焼かれた音声記録、ガラケーのSIMカード。平成エミュが始まる前の、本物の平成の残骸だ。

該当者の名前で検索をかける。空中ディスプレイが棚の一角を光らせた。

箱を開けると、古いナノ医療パッチの現物が出てきた。使用済みで、表面には微細な文字が刻まれている。製造番号と、治療日時。

「0x287年の方が正しい。こっちが実物だ」

「じゃあ0x289年のデータは?」

「多分、党ドクトリンの署名アルゴリズムが勝手に作った『最適化』だろ。医療履歴を統計的に補正しようとして、架空の日付をでっち上げた」

エージェントが苦笑する。「三百年前のアルゴリズムが、まだ現役で動いてるのが間違いなんだよ」

俺は空中ディスプレイに実物のデータを入力し、0x289年の履歴を削除申請した。承認には時間がかかるだろうが、物理的な証拠がある以上、いずれ通る。

分室を出ると、乾電池の山が少しだけ減っていた。夜勤の誰かが片付けたらしい。俺は自分のナノ医療パッチを首筋に貼り直した。頭痛薬の成分がじわりと染み込む。

「おつかれさん」と叔父のエージェントが言った。

「ああ」

俺は紙のカレンダーに「再同期・解決」と書き足して、分室の鍵を閉めた。