プリクラのゴースト、ポケベルの鼓動
──平成0x29A年01月10日 22:20
あたしの仕事は、壊れたものを看取ることだ。
第十二地区リサイクルセンター第三棟。夜の十時を過ぎると、搬入口のシャッターが自動で半分だけ降りて、蛍光灯がひとつおきに消える。節電プロトコルってやつ。残った灯りの下で、あたしは今夜も仕分けラインに立っている。
ベルトコンベアの上を、今日最後のロットが流れてくる。ブラウン管テレビ三台、ガラケーの山、色褪せたMDプレイヤー、そして——でかい。
プリクラ機だった。
「アトラス」って筐体名のやつ。側面に油性ペンで誰かが「プリ撮ろ〜♪」と書いていて、その下にハートマークが三つ。搬入票を確認すると、第十二地区商業モール解体に伴う廃棄。データ消去証明が添付されていない。
「母さん、これデータ残ってるかも」
耳の奥で、母さんのエージェントが短く唸った。
『内部ストレージに分散SNSのキャッシュノードが寄生してるわね。よくあるのよ、古い筐体に。撮影データがそのままフェデレーションに流れる仕組みだったから』
あたしは筐体の背面パネルを外した。埃の匂い。基板の上に、後付けの無線モジュールがはんだ付けされている。プリクラで撮った写真が、撮った瞬間に分散SNSへ飛ぶ——そういう改造。十年くらい前に流行ったって聞いたことがある。
問題は、このキャッシュノードにまだ生きてる個人データが残っていることだった。
スキャンをかけると、二百件以上の顔画像と、紐づいた脳波認証キーの断片が出てきた。脳波UIでポケベル端末を操作するとき、認証に使うあの短いパルスパターン。あたしも毎日使ってる。腰のホルダーに差したポケベル型端末を額に当てて、脳波で文字を打つ。ガラケーより速いし、手が汚れてても使える。リサイクルセンターの作業員には必需品だ。
ただ、この断片が厄介だった。
『再同期リクエストが来てる』と母さんが言った。『キャッシュノードが生きてるせいで、分散SNS側が本人のデータと同期を取ろうとしてるの。二百人分。古いキーと現行キーがぶつかって、本人側の認証がおかしくなる可能性がある』
「つまり、このまま電源入れっぱなしにしてたら——」
『二百人のポケベルが、急に他人の通知を受け取り始めるかもね』
あたしは筐体の電源ケーブルを探した。だが、もう外部電源では動いていない。内蔵バッテリーが、十年経ってまだ微弱に生きている。
ニッパーで切るのは簡単だ。でも、データ消去証明なしに物理破壊をやると、あたし個人に監査が来る。党ドクトリンの署名付き廃棄承認が要る。
ポケベルを額に当てた。脳波で管理端末にアクセスし、廃棄承認リクエストを飛ばす。内閣ユニットのどれかに届いて、五分以内に誰かが総理大臣として処理してくれる——はず。
三分待った。
承認が降りた。署名のハッシュ値が画面に流れる。ドクトリン準拠。あたしはニッパーを握り直した。
『ちょっと待って』
母さんの声が、少し柔らかくなった。
『一件だけ、再同期が成功してる。見て』
画面を覗くと、十年前のプリクラ画像がひとつ、正規の持ち主に届いていた。女の子二人。制服みたいな服を着て、落書きペンで「ずっ友」と書いてある。受け取った側のアカウントには、数時間前に投稿されたばかりの近況があった。「引っ越しました。誰かこの辺の人いませんか?」
十年越しの顔写真が、たった今、その子の分散SNSのタイムラインに届いた。
あたしはバッテリーの線を切った。蛍光灯がまたひとつ消えて、筐体の画面が暗くなる。
額のポケベルが震えた。通知ではない。あたし自身の脳波が、ほんの少しだけ乱れただけだ。
『泣いてんの?』と母さんが訊いた。
「埃」とあたしは言った。「この棟、換気悪いから」
母さんは何も言わなかった。ただ、耳の奥で、小さく鼻歌を歌い始めた。あたしが子供の頃に聴いた、母さんが洗い物をするときの癖。
ベルトコンベアは止まっている。次のロットは明日の朝。
あたしはニッパーをラックに戻し、搬入口のシャッターを完全に降ろした。一月の夜気が、金属の隙間から細く吹き込んでいた。