回覧板は群れて運ばれる
──平成0x29A年02月15日 09:40
倉庫の奥で、俺は段ボールの山を睨んでいた。
「配送群ロボット、第三波、出発準備完了」
耳元のイヤホンから、淡々とした声が流れる。代理エージェントだ。本来なら兄貴の声が聞こえるはずなのに、今月は倫理検査中で不在。無機質な合成音声が、やたらと耳障りだ。
俺は物流センターの夜勤配送員、田辺修一。仕事は簡単だ。荷物を群ロボットに積んで、ルート指示を出すだけ。群れは自律的に動く。俺がやるのは最終確認だけだ。
今朝は妙な荷物が混ざっていた。
紙の回覧板。
それも一枚や二枚じゃない。段ボール三箱分。宛先を見ると、第22教育ブロックの小学校連絡網への配送依頼だ。電子連絡網があるのに、わざわざ紙を回す学校があるらしい。平成エミュの影響だろうか。
「田辺さん、これ、署名通ってますか?」
後輩の女の子が、端末を見せてくる。画面には赤い「保留」の文字。配送リクエストの承認署名が、党ドクトリンのアルゴリズムと一致していない。
「ああ、またか」
俺はため息をついた。最近こういうのが増えている。署名が通らない荷物。本来なら差し戻しだが、それをやると物流が止まる。だから俺たちは、裏のやり方を使う。
俺はポケットから、小さなUSBデバイスを取り出した。闇市で手に入れた、署名アルゴリズム解読ツールだ。端末に挿すと、数秒で偽の署名が生成される。
「これで通るから」
後輩は何も言わずに頷いた。彼女も知っている。こうしないと、仕事が回らないことを。
群ロボットが動き出す。小型の六脚機械が、蜘蛛のように這いながら段ボールを運んでいく。それぞれが連携して、最適なルートを選ぶ。俺はその動きを眺めながら、ふと思った。
こいつらも、俺たちと同じなんじゃないか。
中央の指示なんてとっくに機能していない。それでも群れは動く。それぞれが勝手に判断して、全体としては回っている。
「田辺さん、校正AIから連絡です」
後輩が端末を操作する。生成AI校正システムからの通知だ。今朝の配送ルートに「非効率な経路」が含まれていると指摘されている。でも、これも無視だ。AIは最適化しか考えない。人間の都合なんて知ったことじゃない。
俺は兄貴のことを思い出した。
享年34。交通事故死。トラック運転手だった兄貴は、いつも言っていた。
「修一、この仕事はな、人と人を繋ぐんだ」
そんな綺麗事、今の俺には響かない。俺が繋いでいるのは、ただの荷物だ。
でも。
群ロボットが倉庫を出ていく様子を見ながら、俺は気づいた。
あの回覧板も、学校の連絡網も、誰かが誰かに何かを伝えたくて作ったものだ。署名が通らなくても、それを運ぶ俺がいる。群れが勝手に動いても、それを見守る俺がいる。
中央なんてない。党なんて誰も知らない。
それでも、何かは回っている。
「代理エージェント、今日の配送、完了予定時刻は?」
『14時22分です』
無機質な声が答える。兄貴なら、もっと違う言い方をしたはずだ。
俺は端末をポケットにしまい、次の荷物に向かった。倉庫の隅に、また段ボールが積まれている。今度は何だろう。カセットテープか、MDか、それともまた回覧板か。
何でもいい。
俺は、ただ運ぶだけだ。