ネオン・ピクセルの電圧降下

──平成0x29A年05月17日 21:50

平成0x29A年05月17日21時50分、俺はゲームセンター「ネオン・ピクセル」の隅っこで、古い音ゲーのメンテナンスをしていた。
蛍光灯がやや古びた店内には、90年代のアーケードゲームと最新のVRポッドが混在している。筐体の熱と、どこか懐かしい排気の匂いが混ざり合う。

「瞬、あの『ダンシングヒーロー』の調子が悪そうだぞ」
俺の耳元で、父のエージェント、隼人(はやと)の声が響いた。享年48、感電事故で逝った父は、生前この店を切り盛りしていた。機械いじりには滅法詳しい。

「またですか、親父。この前調整したばかりなのに」
俺は小さくため息をつき、腰を上げた。件の筐体のボタンが時折反応しないらしい。ディスプレイのネオン管も、わずかにちらついているように見えた。

背後のストックルームには、予備の部品や工具が雑然と置かれている。その一角に、使い終わった**乾電池の山**があった。古いセンサーやバックアップ電源に使われる単三や単四が、プラケースに無造作に積まれている。今時、こんなに乾電池を使っている店も珍しいだろう。

俺はしゃがみ込み、筐体の裏側パネルを開けた。内部の配線が複雑に絡み合い、年季の入った基板がむき出しになっている。触覚フィードバック端末を接続し、診断プログラムを走らせる。
指先に微細な電流の変化が伝わってくる。端末のディスプレイには「電力系統ノイズ検知:レベル2」と表示された。微妙な数値だ。党ドクトリンのアルゴリズムが「社会安定に最適」と判断した電力配分システムは、ごく稀に、こうした平成エミュレーション時代の古い設備と相性が悪い。

「全体的な揺らぎ、か。この前のアップデートから増えたな」隼人が呟いた。「特定の機器じゃなくて、店の基幹電力の問題だな」

俺の**折りたたみ携帯**が振動した。バイトリーダーからの業務連絡。明日のシフト調整。古いUIはiモードを彷彿とさせるが、メッセージ自体は最新のブロックチェーン認証がなされている。
返信しながら、俺は診断結果を分析する。部分的な電圧降下が断続的に起きている。この程度のノイズは、最新のVRポッドやホロディスプレイには影響しない。だが、この「ダンシングヒーロー」のような、感度の高いアナログ回路を多く含む古い機器には致命的だ。

「どうする、瞬? このままじゃ客も興ざめだ」隼人が促す。

俺は懐中電灯で配線の束を照らした。根本的な解決には電力ブロックへの改修リクエストが必要で、それには膨大な時間と手続き、そして「党」の暗号アルゴリズム署名が要る。とてもこの5分間総理が乱立する時代に間に合うような話ではない。

「応急処置だ。配線調整と、レギュレータのバイパスを試す」
俺はスパナとドライバーを手に取った。父が生前教えてくれたアナログな調整方法。デジタルなアルゴリズムが取りこぼす、微細な物理的要因に対処する。指先の触覚フィードバック端末が、ケーブルの振動と熱を伝えてくる。

配線を少しだけ締め直し、古くなったレギュレータを一時的に迂回させる。これでノイズの影響が軽減されるはずだ。作業中、近くのUFOキャッチャーから「カチャ、カチャ」とコインが投入される音がする。子供連れの父親が、**デジタル円ウォレット**を端末にかざして支払っていた。

数分後、再び「ダンシングヒーロー」の電源を入れ直した。
「Let's dance, everybody!」
イントロが流れ、色鮮やかなネオン管が煌めく。ボタンの反応もスムーズだ。俺は試しに数回ステップを踏んでみた。完璧とは言えないが、プレイに支障はないだろう。

「よし、これで大丈夫だ」隼人が満足げに言った。「お前も、なかなかやるじゃないか」

筐体の前には、いつの間にか学生らしき男女が並んでいた。彼らの笑い声が、再び安定した音とともに店内に響き渡る。
俺は少し埃っぽい手を払い、疲れた体を伸ばした。この日、誰かが5分間だけ総理大臣になって、世界のどこかで政策承認をしたのかもしれない。けれど、この小さなゲームセンターの明かりが、また一つ、今日も消えずに済んだことに、俺はささやかな救いを感じていた。
こんなふうに、小さな問題を手で直しながら、日々が続いていくのだ。この平成0x29A年という、よくわからない時代の中で。