バックヤードに積まれた、誰かの昼食
──平成0x29A年02月20日 12:30
昼休み、俺は従業員食堂の裏手、食品プリンターのバックヤードで煙草を吸っていた。
「誠一、また煙草か」
叔母のエージェントが、俺の視界の端で呆れたような声を出す。享年45、過労死。生前は大手外食チェーンの店長をしていた。俺がこの職場——旧立川エリアの給食センター——で働き始めてからずっと、献立の組み立てや機械トラブルの対処法を教えてくれている。
「わかってるよ」
俺は煙を吐き出しながら、壁際に積まれた合成食品プリント用のカートリッジを眺めた。赤、黄、緑。タンパク質、炭水化物、ビタミン。色ごとに分類された樹脂パックが、天井まで届きそうな勢いで積み上げられている。
「あのさ、叔母さん。今日の献立、また差し戻されたんだけど」
「ああ、第0x3F2A内閣ユニットからの通達だろ。見たよ」
エージェントが俺の記憶補助を参照して、朝受け取った通知を引き出す。党ドクトリンの栄養基準アルゴリズムが微修正されたらしく、プリント済みの給食が「塩分過多」扱いになった。5分間の閣議で決まったことだから、覆しようがない。
「で、どうすんの?」
「廃棄するしかないな。再プリントだ」
叔母のエージェントが淡々と答える。俺は煙草を携帯灰皿に押し込み、バックヤードの奥へ歩いた。
そこには今朝プリントした給食トレイが、パレットに積まれたまま放置されている。合成ハンバーグ、ほうれん草のソテー、白米。見た目は完璧だが、アルゴリズムが「不適合」と判定した以上、これは「食品」ではなく「廃棄物」だ。
「もったいねえな」
つぶやくと、叔母のエージェントが小さく笑った。
「お前、その台詞、毎回言ってるぞ」
「そりゃそうだろ」
俺はトレイを一つ手に取り、匂いを嗅いでみた。悪くない。というか、普通にうまそうだ。
「……叔母さん、記憶補助の更新、いつだっけ?」
「来週。なんで?」
「いや、なんか最近、お前の返答が遅い気がして」
「ああ、それな。更新サーバーが混んでるらしい。党ドクトリンの署名検証が増えてるから、優先順位が下がってんだよ」
エージェントの声には、どこか諦めが混じっていた。
俺はトレイをパレットに戻し、プリンターの前に立った。再プリントの設定を始めると、機械が低い唸り声を上げて動き出す。カートリッジから樹脂が流れ出し、トレイの上で層を重ねていく。
その横を、ロボ清掃員がゆっくりと通り過ぎた。丸い筐体に「スーファミ」のロゴが貼ってある。誰が貼ったのか知らないが、妙にしっくりきている。
「誠一、外」
叔母のエージェントが声をかけた。俺は振り返り、バックヤードの窓を見た。
外は雨だった。ビニール傘を差した配達員が、ドローンの着陸を待っている。
「……雨、降ってたのか」
「さっきから降ってる。お前、気づいてなかったのか?」
「ああ」
俺はプリンターの音に耳を傾けた。樹脂が重なる音、ロボ清掃員のモーター音、雨の音。
「叔母さん、更新、ちゃんと受けろよ」
「わかってるよ。お前こそ、煙草減らせ」
エージェントが笑った。俺も少しだけ笑った。
プリンターが一つ目のトレイを吐き出す。白米、ハンバーグ、ほうれん草。さっきと同じ見た目だが、こっちは「適合」だ。
俺はそれをパレットに載せ、次のプリントを開始した。外では、配達員がビニール傘を畳んでいた。