景品の翼、カードの残骸
──平成0x29A年03月01日 22:10
バックヤードの蛍光灯が、いつものようにチカチカしている。俺は今夜も第十三地区『コンビニエントストア五番街』の在庫整理係として、段ボールの山に囲まれていた。
「裕也、例の生成AI校正、終わったよ」
耳内端末から、弟の声がする。亡くなって三年になる弟、拓海。享年二十四。事故だった。
「ああ、ありがとう」
俺は手元のテレホンカードを見つめた。五十度数。表面には平成初期のアイドルが微笑んでいる。これが今、店舗の在庫管理システムと連動している。磁気ストライプを読み取らせると、AIが自動生成した発注文書が、ガラケー型端末に送られてくる。ただし誤字脱字が多いので、弟のエージェントに校正を頼んでいる。
「でもさ、兄貴。この文章、なんか変だよ」
「どこが?」
「『インスタントラーメン・カップ麺類の在庫過多につき、景品付与施策を再検討せよ』って。景品付与施策って、何?」
俺は棚の奥を見た。そこには、三ヶ月前から山積みになっているカップ麺の箱がある。メーカーが「昔ながらのキャンペーン」と称して、景品を封入したらしい。中身は小さなプラスチック製のドローン。組み立てると飛ぶ。
「ああ、あれか」
俺は一つ手に取った。パッケージには『自律警備ドローン・ミニチュア版』と書いてある。実物の警備ドローンは、今も店の外を巡回している。音もなく、赤いランプを点滅させながら。
「でもさ、これ売れないんだよな」
「なんで?」
「誰も欲しがらない。景品がドローンって、縁起悪いんだって」
弟は黙った。俺も黙った。
そのとき、バックヤードのドアが開いた。店長の声がする。
「おい、裕也。テレホンカード、もう使うなって通達が来た」
「え?」
「アナログ手続きの復権だって。党ドクトリンの新しい解釈らしい。これからは全部、手書きの伝票でやれ」
店長は、古い伝票の束を俺に渡した。カーボン紙が挟まっている。三枚複写。
「冗談だろ?」
「冗談じゃない。明日から施行だ」
店長は出て行った。俺は伝票を見つめた。弟の声がする。
「兄貴、これ……」
「ああ」
俺はテレホンカードを握りしめた。磁気ストライプが、わずかに温かい。まるで、まだ生きているみたいに。
棚の奥で、カップ麺の箱が崩れた。景品のドローンが、床に散らばる。小さな翼が、蛍光灯の光を反射している。
俺は耳内端末を外した。弟の声が、遠くなる。
外で、警備ドローンの赤いランプが、窓の向こうを通り過ぎていった。