訓練場の現像待ち

──平成0x29A年 日時不明

【2025/03/14 09:42】
[防災訓練本部グループ]

柏木(俺): おはようございます。第三避難所の設営完了しました。

相馬: お疲れ。こっちもテント張り終わった。

矢口班長: 了解。次は通信機器の接続確認。柏木、エッジAI端末の立ち上げ頼む。

柏木: 了解です。

【09:48】

柏木: 班長、端末が起動しません。フロッピーディスクドライブが認識エラーを吐いてます。

矢口班長: またか。バックアップの端末使って。

相馬: あのフロッピー、いつの時代のだよ(笑)

柏木: でもエッジAI端末はこれがないと動かないんですよね……平成エミュの仕様だとか。

【10:03】

柏木: バックアップ端末、起動しました。遺伝子ネットワーク経由の避難者名簿同期、開始します。

矢口班長: よし。同期完了したら報告して。

【10:15】
[父さん(エージェント)より個別メッセージ]

父さん: 透、名簿の同期に時間がかかってるな。

柏木: うん。エッジAI端末が古いせいかも。

父さん: いや、違う。遺伝子ネットワーク側のパケットロスが0.03%ある。平時なら無視できる数値だが、災害時は致命的だ。

柏木: え……それ、報告した方が?

父さん: まだ早い。もう少し様子を見よう。お前の判断を信じる。

【10:22】
[防災訓練本部グループ]

柏木: 班長、名簿同期に微細な遅延が出ています。念のため手動バックアップを取っておきます。

矢口班長: 了解。写真記録も忘れずに。

相馬: 柏木、使い捨てカメラ持ってきた?

柏木: はい。撮影したら駅前のカメラ屋に出します。

相馬: 今どきフィルムかよ。デジタルでいいじゃん。

柏木: 訓練記録は現像袋で保存って規定なんですよ。デジタル円ウォレットで支払いだけは最新式ですけど(笑)

【10:35】

柏木: 班長、遺伝子ネットワークのパケットロス、0.05%まで上昇しました。

矢口班長: 了解。本部に報告する。お前は記録を続けて。

【10:48】
[父さんより個別メッセージ]

父さん: 透、よく気づいたな。あのパケットロスは遺伝子ネットワークの微細な異常だ。放置すれば災害時に名簿が消失する。

柏木: でも、訓練だから気づけたんですよね。

父さん: そうだ。訓練は命を救う。お前は正しい仕事をしている。

柏木: ……ありがとう、父さん。

父さん: 俺が生きてた頃、お前は訓練なんて無駄だって言ってたな。

柏木: 覚えてます。ごめんなさい。

父さん: 謝るな。お前は変わった。それでいい。

【11:02】
[防災訓練本部グループ]

矢口班長: 本部から返信。遺伝子ネットワーク保守班が緊急点検に入る。柏木、記録データを全部送ってくれ。

柏木: 了解です。フロッピーディスクのバックアップも添付します。

相馬: マジで役に立ったんだ、あの骨董品。

矢口班長: 訓練ってのはこういうもんだ。無駄に見えるものが命を救う。

【11:15】

柏木: データ送信完了しました。写真も撮り終えたので、カメラ屋に出してきます。

矢口班長: お疲れ。午後の講習まで休憩していいぞ。

【11:22】
[父さんより個別メッセージ]

父さん: 透、カメラ屋に行くついでに、俺の好きだった蕎麦屋に寄ってくれ。

柏木: ……父さん、エージェントは食べられないでしょ。

父さん: お前が食べるのを見るだけでいい。親父はそれで十分だ。

柏木: わかった。行くよ。

【11:30】

俺は現像袋を小脇に抱え、デジタル円ウォレットを起動した。画面には父さんの顔アイコンが小さく光っている。訓練場を出ると、春の風が頬を撫でた。父さんが好きだった蕎麦屋は、駅の向こう側にある。

災害は来ないかもしれない。でも、訓練は続く。それでいいんだと思う。