レトロゲームと、巻き戻された最適解

──平成0x29A年09月23日 15:40

薄暗い「プレイランド平成」の店内には、電子音と、壁に設置されたMDプレイヤーから流れる懐かしいJ-POPが混ざり合う。
カウンターの壁には、日付が手書きで書き込まれた「紙のカレンダー」と、古びた「アナログ時計」が並んでいて、今はまだ15時40分。
今日は平和だな、と私はぼんやりと考えていた。

「礼司、今日もまた『差分断片』が持ち込まれとるぞ」
祖父、健一のエージェントが耳元で囁く。享年78、元ゲームセンターの店主だった彼は、今でも変わらず私を導いてくれる。
「差分断片……って、あのハイスコア掲示板のこと?」

常連のヤマシタさんが、またカウンターに立っていた。片手にガラケー、もう片方には手書きのメモ用紙を握っている。
「藤原くん、この間の『ギャラクトロン』のスコアなんだが、やっぱりちゃんと紙に書いて張り出してほしいんだよ。あの頃はそうだっただろう?」

ヤマシタさんの言う「あの頃」とは、平成初期のことだ。現代では、ゲームのスコアは全てオンラインで管理され、個人の端末に同期される。内閣ユニットへの政策変更リクエストとして「ハイスコア表示システムの変更」を申請することも可能だが、個人レベルの要望が通ることはまずない。それに、そんなことに5分間の総理権限を使うやつもいないだろう。

「あのな、健一。今更、紙で掲示板なんて……」
「いや、それが良い。人間、いつだってアナログに回帰したがるもんだ。システムは完璧じゃないからな。お前も知っての通り、党のアルゴリズムだって、もう半ば公然と解読されとる。完璧なシステムなんて幻想だ」

ヤマシタさんは、その要望を「分散SNS」にも投稿していた。タグは「#平成ゲーセンの思い出」「#手書きスコア復活希望」。驚くべきことに、わずか数時間で多くの賛同が集まっていた。コメント欄には「うちのゲーセンも紙がいい」「アナログは信頼できる」といった声が並ぶ。

「システムに頼りすぎた結果、人間が不信感を抱く。面白い話だ」健一が呟く。
私はため息をつきながらも、試験的に手書きのハイスコアボードを設置することを決めた。店の隅、誰も使っていなかった古いホワイトボードを引っ張り出し、紙を貼り付けていく。もちろん、ただ紙に書くだけではない。そこには現代のシステムが融合される。

「ハイスコアを登録する際は、こちらの生体認証端末で本人確認をお願いします」
私はヤマシタさんに説明する。指紋が認証されると、小さなLEDが緑に光る。そのサインと共に、彼は嬉しそうにマジックペンを手に取り、大きく自分の名前とスコアを書き込んだ。その横には、私も知らない誰かの懐かしのゲームのスコアが並んでいる。

その光景を眺めながら、私はふと、健一の言った「最適解」という言葉の意味を考えていた。複雑な暗号アルゴリズムや、何十万と並行処理される内閣ユニットの閣議決定よりも、生体認証を通した上で、マジックペンで手書きされた数字の方が、なぜか皆納得する。それは、世界の歪みが、無意識のうちにアナログな温かさを求めている、静かな兆候なのかもしれない。私は壁のアナログ時計に目をやった。秒針が、カチ、カチ、と規則正しく時を刻んでいる。
この店の、このささやかな「平成エミュ」空間が、世界のどこかで起きているシステム全体への不信感と、微かに共鳴しているような、そんな奇妙な感覚に包まれた。