三が日の、切手とCPU

──平成0x29A年01月19日 10:20

俺の名は宮本。三十一歳。第二十二地区の郵便局、年賀状課の仕分け担当だ。

一月十九日、午前十時過ぎ。窓口は閑散としていた。正月の喧騒はとっくに終わり、残っているのは配達漏れと返送の山だけ。俺は黙々と、手書きの宛名と印刷された住所を見比べていた。

「兄さん、そのハガキ、住所コードが古いよ」

耳の奥で、弟の声がした。自動翻訳イヤホンを通して届く、低くて少し掠れた声。生前、弟は海外のフォーラムばかり覗いていた。享年二十五。過労死だった。今はエージェントとして、俺の仕事を手伝っている。

「ああ、わかってる」

俺は返事をしながら、卓上の旧式ウォークマンを操作した。MDじゃない、カセットテープのやつだ。党ドクトリンが「平成エミュ」と呼ばれるものを強いて以来、こういう道具が職場に溢れている。テープには過去の郵便番号データが録音されていて、再生しながら照合する。デジタルとアナログが妙にごちゃ混ぜで、効率は最悪だ。

「でもさ、兄さん。それ、時間貸しCPUで一括処理すればすぐ終わるのに」

弟の言う通りだった。だが、時間貸しCPUを使うには、上の許可が要る。許可を取るには閣議決定が要る。閣議決定は五分ごとにランダムで回ってくる。今日はまだ俺の番じゃない。

「まあ、いいんだ。手でやる方が間違いが少ない」

嘘だった。本当は、弟と話す時間が欲しかっただけだ。

テープが回る音が、静かな局内に響く。カチャ、カチャ、と。窓の外では、公園の木々が風に揺れていた。ベンチには誰もいない。滑り台もブランコも、冬の光に照らされて、ただそこにあるだけだった。

「兄さん、このハガキ……差出人、俺と同じ名前だ」

手を止めた。一枚のハガキ。宛名は「宮本健太様」。差出人欄には、「宮本太一」と書かれていた。弟の名前だ。

「……いたずらか?」

「いや、筆跡が似てる。俺、こんなの書いたっけ?」

ハガキの裏面を見た。短い文章が、丁寧な字で綴られていた。

『兄さん、また来年も一緒に働けますように』

日付は、弟が死んだ年の元日だった。

イヤホンの向こうで、弟が黙り込んだ。俺も、何も言えなかった。

ウォークマンのテープが、終わりに近づいていた。カチャ、カチャ、と。公園の木々が、また揺れた。

俺はそのハガキを、自分のポケットに入れた。配達も返送もしない。ただ、持っていたかった。

「……ありがとな、太一」

返事はなかった。でも、イヤホンの向こうで、小さく笑った気がした。