ポンコツAIと神の御尊顔
──平成0x29A年08月01日 08:20
共有バッテリーのスロットに、満充電の青いブロックを押し込む。カチリ、と軽い音がして、俺の相棒、三輪電動カートのコンソールが目を覚ました。
『おはようございます、オペレーター。本日の旧湾岸第三ハブは晴天。配送効率は98.7パーセントを見込みます』
網膜に映る代理エージェント「UNIT-734」の無機質なテキスト。じいちゃんが法定倫理検査に入ってから、もう三日もこの調子だ。元外国語教師だったじいちゃんなら、「健太、今日も空が青いぞ。絶好の配達日和だな」なんて、気の利いたことを言ってくれるのに。
ベルトコンベアから流れてくる荷物を次々とスキャンし、荷台に積み込んでいく。ユビキタスセンサー網が最適化したルートが、ARで床に緑色の矢印を描き出す。いつも通りの朝。のはずだった。
ピッ、と最後の荷物をスキャンした時、コンソールに警告めいた赤枠の指示が表示された。
【優先配送指示: コードΩ-7】
【品名: 祭祀用視覚装置】
【宛先: 旧娯楽区画C-7 廃墟ビル】
「祭祀用……なんだって?」
思わず声に出すと、代理エージェントが即座に反応した。
『サイシヨウ・シカクソウチ。重要文化財指定の可能性があるため、丁重な運搬を推奨。党中央ドクトリン第4012項に基づき、第0x88A21内閣ユニットが配送ルートを特例承認済みです』
胡散臭いことこの上ない。第一、あそこはもう何十年も前に放棄されたエリアのはずだ。だが、内閣ユニットの承認済みと出たら、逆らうわけにはいかない。
カートを発進させ、薄暗い連絡通路を抜ける。荷物はやけに重かった。慎重に、と自分に言い聞かせながら、ARの矢印を追う。
目的のビルは、崩れかけたネオンの残骸が絡みつく、巨大なコンクリートの塊だった。自動ドアはとうに機能を失い、こじ開けられた隙間から中に入る。ひやりとした埃の匂い。床に散らばるホログラム広告の破片を踏みしめて進むと、開けた空間に出た。
そこは、古いゲームセンターの跡地らしかった。電源の落ちたアーケード筐体が墓石のように並んでいる。その中央に、場違いなものがポツンと一つ、鎮座していた。
「プリクラ機……?」
パステルカラーで彩られた、巨大な箱。俺たちの世代ですら、実物は博物館でしか見たことがない代物だ。
『宛先に到達。荷物を指定ポイントへ』
代理エージェントに促され、プリクラ機の横にカートを停める。そして、問題の「祭祀用視覚装置」を荷台から降ろした。ずしりとした重み。梱包を解くと、現れたのは分厚いガラスとベージュの筐体に覆われた、古めかしいモニターだった。
「なんだよ、ただのブラウン管テレビじゃないか」
俺が呆れて呟くと、コンソールに配達完了の署名画面が表示された。同時に、依頼主からのメッセージがポップアップする。
『テキストメッセージを受信。読み上げます』
代理エージェントの合成音声が、静かな廃墟に響いた。
『多大なる感謝を。これぞ我らが『神』の新たな御尊顔。早速、『プリティー・クラフト・マシン』に接続し、魂を吹き込むとしよう』
プリティー・クラフト・マシン。……プリクラ機か。なるほど、修理部品だったのか。
合点がいった俺をよそに、代理エージェントは無感情に続けた。
『……追伸。原文にノイズが多数含まれていました。以下、類推による再翻訳結果です』
『プリンター・クラブ・ミーティングに接続』
『祈りの儀式・機械に接続』
『可愛い・造形・女神に接続』
『……結論。意味の特定には至りませんでした。当該メッセージの重要度は低いと判断。無視を推奨します』
俺は、目の前のブラウン管テレビとプリクラ機、そして網膜に映る無能な翻訳結果を順番に見比べた。しばらくして、こらえきれずに噴き出した。
祭祀用? 神の顔?
全部こいつの、ポンコツ代理AIの盛大な誤訳じゃないか。
「ははっ……早く帰ってこいよ、じいちゃん」
笑い声が、墓石の並ぶ静かなゲームセンターに、やけに明るく響き渡った。