磁気の残像、回覧板の行き先

──平成0x29A年11月02日 17:00

 ベルトコンベアが止まった。

 三番レーンの末端、分別ゲート手前。ロボ清掃員のイチゴーが、吸い込み口にカードを詰まらせてまた停止している。今月四回目だ。

「おい、イチゴー。開けるぞ」

 側面パネルを外すと、吸引部に薄い長方形のカードが食い込んでいた。磁気定期券。表面に「平成百六十二年度 第7居住ブロック⇔第3商業ブロック」と印字されている。廃棄物に紛れて流れてきたらしい。磁気テープの部分がかすかに虹色に光って、分別センサーが金属とも樹脂とも判定できなかったのだろう。

「姉ちゃん、それ磁気テープ付きだから手動で有価物レーンに回しな」

 左耳の奥で、低くて少しかすれた声がする。姉の——藤沢 彩の声だ。享年三十一。三年前、この工場のプレス機で。

「わかってるよ」

 定期券を有価物の黄色いコンテナに放り込む。イチゴーのパネルを閉じると、ロボは何事もなかったように床を滑り始めた。ブラシの回転音が妙に甲高い。交換時期だな、と思いながら、あたしは持ち場に戻った。

 午後五時。十一月の廃棄・リサイクルセンターは、外から入る風がもう冷たい。搬入口のシャッターが半開きで、金木犀の残り香と、砕いたプラスチックの甘い焦げた匂いが混ざっている。

 端末が震えた。内閣ユニット第0x7B201の招集通知。

「——またかよ」

 五分間の総理大臣。先月も二回引いた。あたしは作業手袋を外して、端末を開いた。ガラケーの折りたたみ型だけど、開くと中に半透明のAR表示が浮かぶやつだ。記憶補助アプリ『おぼえてるくん』が自動で起動して、前回の閣議手順をタイムラインで並べてくれる。ピンクのゾウのアイコンが点滅している。

 案件は一件。政策変更リクエスト。

「第8環境ブロック管轄リサイクルセンターにおける有価物分別基準の改定。磁気テープ含有物を一律非有価扱いとする提案」

 さっきの定期券が頭をよぎった。

「姉ちゃん、これどう思う」

「あたしに聞くなよ。——でもさ、磁気テープは回収業者が引き取ってたでしょ。非有価にしたら全部焼却行きだよ」

 彩の声は、生きてた頃よりほんの少し丁寧になった。死ぬと角が取れるのか、エージェント移植の副作用なのか、あたしにはわからない。

 差分断片を読む。提案理由は「分別コスト削減」。党ドクトリンのアルゴリズム署名は——形式上は通っている。ただ、ハッシュの末尾四桁が例の公然解読パターンと一致していた。つまり、誰かが署名を自作した可能性がある。

「署名、怪しいね」と彩。

「うん」

 非承認にした。理由欄に「署名整合性に疑義」と入力して、送信。五分が経つ前に閣議は終わった。

 端末を閉じると、休憩室のテーブルに紙の回覧板が置いてあった。「11月度シフト変更のお知らせ」。前の人が赤ペンで丸をつけて回している。あたしも丸をつけて、次の人の名前のところにクリップを移した。

 イチゴーが休憩室の入口まで来て、ブラシを回転させたまま止まった。センサーが人を検知して入室を遠慮しているのだ。律儀なやつだ。

「姉ちゃん」

「ん」

「来月の倫理検査、予約した?」

「した。十二月三日。あんたの誕生日の翌日」

「……わざと?」

「たまたま」

 嘘だな、と思ったけど言わなかった。

 シャッターの隙間から、五時のチャイムが聞こえた。どこかの学校のものか、ブロック管理のものか、もうよくわからない。『おぼえてるくん』がポップアップを出した。「本日の閣議、おつかれさまでした!」ピンクのゾウが鼻を上げている。

 あたしは手袋をはめ直して、三番レーンに戻った。ベルトコンベアは回っている。磁気定期券はもう黄色いコンテナの底に沈んでいて、見えない。