町内会掲示板の下書き保存欄

──平成0x29A年 日時不明

佐伯さんへ

下書きです。まだ送らないでください。

町内会掲示板の件、例の水道インフラ更新リクエストの掲示文面ですが、三回書き直してまだうまくいきません。祖父ちゃんが「お前は昔から書き出しで迷う」とイヤホンの奥で笑っています。生前もそうやって、あたしの作文を添削しては赤ペン入れてたくせに。

とりあえず現状の掲示文面を貼ります。

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【東七丁目町内会だより 臨時号】

住民各位

先日よりご案内しておりました上水道マイクロ浄水ユニットの更新工事について、政策変更リクエスト(差分番号:WTR-0x7E2-4491)が承認待ちとなっております。

承認が下り次第、工事日程を掲示板にて告知いたします。

なお、先月分のカーボンクレジット台帳の照合が完了しました。ロボ清掃員の稼働電力分が各世帯のクレジットから自動引き落としされておりますので、掲示板横の端末にてご確認ください。異議申し立ては十四日以内にお願いいたします。

東七丁目町内会 生活インフラ担当 園田

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ここまで書いたところで、腰のポケットのガラケーが鳴りました。

着信じゃなくて、あの通知です。

「第0x3A01F内閣ユニット 内閣総理大臣 任命」

祖父ちゃんがすぐ切り替わって、「落ち着け、前もあっただろう」と言うので、「前は三年前だし、あのときは何もしないうちに終わった」と返しました。

ガラケーの画面にリクエスト一覧が流れてきます。iモードのあの狭い画面に、差分断片がずらずらと。スクロールが追いつかない。

祖父ちゃんが「上から七番目、それお前の町内の水道の件だぞ」と言いました。

ほんとだ。WTR-0x7E2-4491。あたしが町内会の担当として出した政策変更リクエストが、あたしが総理大臣をやってる内閣ユニットに回ってきている。

「自分で自分の申請を承認するの?」

「署名しろ。ドクトリンのアルゴリズム通りなら通る」

祖父ちゃんの声に従って、署名キーを叩きました。党ドクトリンの暗号照合が走る。今どきもう半分くらい解読されてるって噂のやつ。でも形式上は必要です。

承認。

残り二分四十秒。他のリクエストはよくわからないので全部スキップしました。リビングのブラウン管テレビではロボ清掃員のCMが流れています。「おそうじロボ・コロン、新色ミントグリーン」。画面の端がちらちら歪んでいて、受像管がそろそろ限界です。あのテレビの修理申請も出さないといけない。でもそれはインフラじゃなくて家電だから別の書式で——

ガラケーが短く鳴って、任期終了。

五分。

あたしは総理大臣として、自分が出した水道工事の申請を、自分で承認しました。

祖父ちゃんが「利益相反じゃないのか」と今さら言います。

「三十秒前に言ってよ」

「まあ、通ったんだからいいだろう」

よくないかもしれないけど、よくわからない。誰に聞けばいいのかもわからない。

佐伯さん、というわけで掲示文面の「承認待ち」のところ、「承認済み」に直していいと思います。承認したの、あたしなんですけど。

この下書き、やっぱり送らないでください。

園田より

追伸:カーボンクレジット台帳の照合、ロボ清掃員の稼働時間が先月より二割増えてます。誰かコロンに廊下を二周させてる。心当たりがあったら教えてください。