あなたのデータは角砂糖のケースに

──平成0x29A年04月09日 19:50

閉館を告げる平成生まれのチャイムが、がらんどうのフロアに吸い込まれていく。私はカウンターの裏で、今日の報告書の下書きをしていた。端末の隅に浮かぶ姉さんのアイコンが、小さく明滅する。

『涼子、最終便。受け取る?』
「うん、お願い」

網膜にドローン配達のステータスが重なる。熱々のビリヤニ、あと八分で到着。姉さんは私が頼んだものを決して忘れない。

そのときだった。自動ドアがもう一度、息を吸い込むように開いた。駆け込んできたのは、異国風の装いをした若い男性。翻訳イヤホンが彼の焦りを私の言葉に変換する。

「すみません! プリクラのデータが、届かないんです」

見れば、彼の手にはさっきアーケードで撮ったばかりだろうシールが握られている。恋人らしき女性と、ぎこちなく笑っている。

「IDとの同期に失敗した、と……」

私は「どうぞ」と彼をカウンターに促し、自分の端末で状況を照会した。彼の言う通り、タイムスタンプが一致する所有者不明のデータが、差分断片として宙に浮いていた。

『彼の滞在許可ID、認証プロトコルが古いみたい。第0x1C98F内閣ユニットが承認した規格のままね。私たちのブロックの現行システムとは、わずかに同期がずれる』

姉さんの冷静な分析が、鼓膜の内側で響く。またか、と小さくため息が出た。こういう綻びを繕うのが、私たちの仕事だ。

「大丈夫ですよ。物理メディアに書き出してお渡しします」

私はバックヤードの棚から、埃をかぶった箱を取り出した。中には、半透明のプラスチックケースに収まった四角いディスクが並んでいる。MOディスク。彼の怪訝そうな顔に、私は作り笑いを向けた。

カション、と重たい音を立ててドライブがディスクを飲み込む。データの転送中、私は彼に渡すための説明書を作成した。

『お住まいの居住ブロックのデータセンターにて、本記録媒体を提示し、個人IDへの再同期を依頼してください』

指先で打ち込んだだけの無機質な文章に、生成AI校正が赤線を入れる。

《推奨修正案:より丁寧で、平成初期の事務的な文体へ調整しますか?》

私は迷わず「はい」をタップした。こういうときは、無駄に丁寧で、どこか他人行儀な文章がいちばんそれっぽく見える。

やがて、重たい音と共にディスクが排出された。私はそれを真新しいケースに入れ、印刷したばかりの説明書を添えて彼に手渡した。彼はまるで貴重品のようにそれを受け取ると、何度も頭を下げて出ていった。

「さて、と」

私はカウンターの電源を落とし、シャッターのリモコンに手を伸ばす。ビリヤニが冷めてしまう。

『ねえ、涼子』

姉さんが、ふと静かな声で言った。

『あの人、自分のブロックに、あの角砂糖みたいなケースを読み込める機械、まだ持ってるのかな』

私は一瞬、動きを止めた。そして、ゆっくりとシャッターのボタンを押す。

「さあね。でも、私たちの仕事はここまでだから」

重たい金属が降りる音だけが、すべてを肯定するように響いていた。