雨粒の着メロ、停止した積荷

──平成0x29A年11月13日 22:20

平成0x29A年11月13日、22:20。管制室の壁一面に広がるモニターには、無数の光点が点滅していた。
俺、森山圭吾の視線の先にあるのは、第9流通ブロックの配送網。そのうちの数カ所が赤く表示され、光点――ドローンが、予定ルートから逸脱して停滞していることを示している。
「またかよ」
思わず独りごちると、右耳に装着したインプラントから母の声が響く。「圭吾、舌打ちなんかしちゃダメよ。余計なノイズで思考が濁るわ」
母、順子。元タクシードライバーだった彼女は、58で事故死し、俺のエージェントとして今も俺のそばにいる。口は悪いが、的確な助言をくれる大切な存在だ。「こんな雨の日に無理してドローン飛ばす方がどうかしてるわよ。昔は人間が走ってたんだから」

モニター上のアラートは「軽微なシステム障害。党ドクトリンに基づく最適化のためルート再計算中」と表示されている。軽微? こいつらはいつも軽微と言うが、この停滞はもう20分続いている。特に、高層農業プラントの屋上着陸ポート手前で停止しているドローンが厄介だ。積荷は生鮮食品。このままでは、朝までには使い物にならなくなる。

「現場へ向かいます」
俺は端末を操作し、管制室の担当者に伝える。母が小さくため息をつくのが聞こえた。「気をつけなさいよ。こんな天気じゃ、また落っこちてるビニール傘で滑るんだから」

管制室を出て、居住区のエレベーターを降りると、そこはすでに小雨が降っていた。気温は肌寒く、湿気がまとわりつく。道端には、母が言っていた通り、使い捨てられた半透明のビニール傘がいくつも転がっていた。まるで、誰かの生活の一部が剥がれ落ちた残骸のようだ。

目的の地点は、高層農業プラントの真下にある広場。夜間だから人影はまばらだ。上空を見上げると、プラントの巨大なシルエットが薄闇に溶け込み、その中腹には規則正しく並んだ栽培ライトの緑の光が瞬いている。その緑の光を背景に、問題のドローンは高度100メートル付近でピタリと停止していた。
俺は手元のデバイスでドローンへの手動介入を試みるが、システムは頑として受け付けない。「党ドクトリンは最適解を導き出しています。介入は不要です」という無機質な音声が返ってくるだけだ。

その時、近くのバス停に設置された情報端末から、昔懐かしいメロディが流れ出した。それは、俺が小学生の頃に流行ったJ-POPの着メロだ。耳に残るイントロが雨音に混じり、妙に胸に響く。こんな時代に、なぜこの曲が着メロとして使われているんだろう? 誰かの個人的な趣味か、それともシステムのエラーか。いずれにせよ、この不穏な状況に、どこか牧歌的な音が不釣り合いだった。

結局、ドローンが再稼働したのは午前3時を過ぎてからだった。システムは、この停滞と、生鮮食品のわずかな鮮度劣化を「許容範囲」と判断した。俺は管制室に戻り、疲れた体で椅子に深く沈み込む。
「ま、こんなもんでしょ。世の中ってやつは」
母の声が、静かに響いた。俺は、この微細な不具合が日常の一部として淡々と続くことを、ただ受け入れている自分がいた。雨は止み、空はすでに薄明るくなり始めていた。
今日もまた、同じような一日が始まるだろう。誰かの生活のほんの小さなズレとして。