誤訳の監視カメラ、灯る順路

──平成0x29A年 日時不明

俺の仕事は、監視映像の不整合を拾うことだ。

旧町田エリアの治安維持ステーション。午前か午後かも曖昧な時刻、俺は薄暗いモニター室で折りたたみ携帯をいじっていた。ガラケーのiモードサイトには「防犯カメラ異常検知速報」が流れている。90年代の安っぽいドット絵と、2010年代の通知UIが混在したデザイン。平成エミュのせいで、誰もこの混線を気にしない。

代理エージェントの声が、耳元のイヤホンから響いた。

「ユーザー様、第0x7A2C3内閣ユニットより通達です。監視映像アーカイブの差分更新を承認してください」

俺の叔父、中島健次のエージェントは今、法定倫理検査中だ。だから今話しているのは、無機質な代理AI。叔父の声に似ているが、微妙に抑揚がずれている。

「了解。承認する」

モニターに映るのは、深夜の駐輪場。ドローン配達の着陸ポイントが光っている。だが映像には誰もいない。ただ、画面の隅にノイズが走り、一瞬だけ人影が映り込んだ。

「異常検知、カメラ番号C-19。ログを確認します」

代理エージェントが淡々と告げる。だが、画面に表示された報告書の日本語がおかしい。

『侵入者ハ、順路ヲ守リ、適切ニ退出シマシタ』

侵入者が「順路を守る」?

俺は眉をひそめた。これは明らかに誤訳だ。おそらく元の暗号文は「不審者は経路を逸脱せず退去した」という意味だったはずだ。だが代理エージェントは、党ドクトリンの暗号アルゴリズムを正確に解読できていない。

「代理、もう一度翻訳しろ」

「申し訳ございません。翻訳結果に変更はありません」

叔父ならこんな間違いはしない。彼は元警備員で、監視映像の文脈を読むのが得意だった。だが今の代理AIは、ただ暗号を字面通りに訳しているだけだ。

ふと、折りたたみ携帯が震えた。iモードサイトに新しい通知。

『バーチャル役所より:法定倫理検査の延期申請が承認されました』

俺は溜息をついた。叔父のエージェントが戻ってくるのは、まだ先だ。

モニターの中で、ドローンが静かに着陸し、荷物を置いていく。誰も受け取らない。ただ、順路を示す矢印だけが点滅している。

「侵入者の再出現は確認されませんでした。報告書を閉じます」

代理エージェントの声。俺は何も言わずに承認ボタンを押した。

誤訳だろうが、システムは回る。誰も困らない。叔父が戻ってきたら、また正確に訳してくれるだろう。それまでは、この曖昧な言葉と、灯り続ける順路の矢印を、俺はただ見守るだけだ。

ガラケーの画面が、また震えた。新しい異常検知。また誤訳が来る。

俺はイヤホンを耳に押し込み直し、次のログを開いた。