ロジスティクスの澱み
──平成0x29A年02月28日 15:40
平成0x29A年02月28日 15:40。
旧埼玉エリアの広域物流ハブは、今日も無機質な喧騒に包まれていた。頭上では無数のドローンが充電パッドで待機し、低く唸っている。僕の目の前の大型モニターには、配送ステータスを示すコードが羅列されていた。
「大野、まただよ」
隣のワークステーションから、同僚の木下さんが吐き捨てるように言った。彼のモニターには、僕のものと寸分違わぬエラーコードが赤く点滅している。「第0x4F82C内閣ユニット。閣議決定の署名遅延。これで今日の午後の便はほとんどアウトだ」
『良子』が脳内で小さく溜息をついた。母のエージェントだ。享年58。元郵便局のベテラン仕分け担当だった母は、この手の滞留には一家言ある。
「困ったものだね。昔は、郵便物なら物理的に動かすしか手がなかった。届かない荷物なんてあってはならない、それが公務の鉄則だったんだが」
モニターに表示されている遅延理由の詳細はこうだ。『政策変更リクエスト「環境負荷低減型航路最適化」に関する党ドクトリンアルゴリズム署名、ブロックチェーン投票による合意形成遅延』。もう何度目か分からない文言だ。党ドクトリンが何なのか、誰がリーダーなのか、僕らは誰も知らない。ただ、そのアルゴリズムの気まぐれに、日々の業務が左右される。
「このままじゃ、次の集荷までには捌ききれないぞ。手動仕分けに切り替えて、トラック便に回すしかないか」
木下さんが無線機を手に指示を出し始めた。僕もそれに倣い、画面をタップして緊急オペレーションを起動する。ドローンに割り当てられていた貨物コンテナが、自動搬送機によって地上へと降ろされていく。
コンテナの中を覗き込むと、さまざまな荷物が無造作に積まれている。最新型のVRヘッドセットに並んで、年代物のVHSテープの山が見えた。パッケージには「平成ベストヒット集」とある。その隣には、充電器すらないガラケーが梱包された段ボール。いったい誰が、こんなものを注文するんだろう。平成のエミュレートが行き過ぎて、逆に不便を楽しんでいるようにしか見えない。
『良子』が言った。「あのVHSテープ、お父さんが昔、よく見ていた懐メロ番組の録画かもしれないね。それにしても、まだこんなものを使ってる人がいるのかい」
「需要があるんでしょうね。ドクトリンが最適だと判断した社会ですから」
僕は乾いた声で答えた。
手動仕分けエリアには、トラック配送員たちが集まってきていた。みんな慣れた様子で、貨物をパレットに積み替えていく。ドローンでのスマートな配送が当たり前になったこの時代に、こんなにもアナログな作業が日常的に行われているのは、妙な光景だ。
結局、第0x4F82C内閣ユニットの署名が完了したのは、僕のシフトが終わる直前だった。既にドローンでの今日の配送は諦められ、大部分が地上便に回されている。モニターの赤ランプは消え、緑のランプが点灯した。遅延なく飛んでいったドローンは、たった数機だけ。
またか、と小さく息を吐いた。この世界の歯車は、いつもどこかで噛み合わず、そのたびに手作業で泥を掻き出す。僕らはそれに慣れ、最適化されていく。空は、今日もどこまでも青い。