テープの海で拾う声

──平成0x29A年02月28日 16:10

俺の仕事場は、第22廃棄物処理ブロックの奥にある映像メディア分別センターだ。

今日も山のようなVHSテープが届いた。平成エミュの影響で、未だに誰かが録画したり、保管したりしているらしい。だが誰も再生しない。だから俺のところへ来る。

「矢口さん、今日のロット、ラベル不備が多いですよ」

後輩の声に頷きながら、俺は手袋をはめた。テープを一本ずつ確認し、磁気消去か物理破砕かを判定する。地味な作業だが、ブロックの容量を守るには必要だ。

『矢口、町内会掲示板に通知が来てるぞ』

頭の中で叔父さんの声がした。俺のエージェントだ。享年48、工場の事故で亡くなった。生前と同じく、世話焼きで几帳面だ。

「後で見る」

俺は小声で返した。今は手が離せない。

テープの山を崩していくと、一本だけ妙に重いものがあった。ラベルは手書きで「0x1F3 メタバース広場 開設式」とある。日付は約80年前。平成エミュが始まった頃だ。

『それ、消去でいいのか?』

「規定では消去対象だ」

俺はそう答えたが、叔父さんの声には妙な引っかかりがあった。いつもなら規則を優先する人なのに。

『いや……ちょっと待て。これ、大事なやつかもしれん』

「どうした?」

『わからん。だが、消しちゃいけない気がする』

エージェントが曖昧なことを言うのは珍しい。叔父さんは生前も死後も、白黒はっきりさせるタイプだった。

俺は手を止めた。規定では、ラベル不備のテープは即消去だ。だが、叔父さんの様子がおかしい。

『矢口……俺、このテープ見た気がする』

「見たって、叔父さんが死んだのは25年前だぞ。このテープは80年前のものだ」

『そうだ、おかしいな。でも……確かに見た。広場で、誰かが喋ってた。俺、そこにいた』

エージェントの記憶が混濁している。倫理検査の時期が近いのかもしれない。だが、検査予定は来月のはずだ。

俺はテープを持ったまま、センターの隅にある再生機に向かった。古いブラウン管モニターが一台だけ残してある。本来は使用禁止だが、時々、内容確認が必要なときに使う。

テープを差し込むと、砂嵐の後に映像が現れた。

メタバース広場の開設式。壇上には、党のドクトリンを読み上げる誰かがいる。顔は見えない。ノイズが多すぎる。

だが、群衆の中に、叔父さんに似た人物がいた。

『ほら、俺だ。あそこにいる』

叔父さんの声が震えている。

「でも、叔父さんはまだ生まれてない時代だ」

『そうだ……おかしい。でも、確かに俺だ』

俺は再生を止めた。

町内会掲示板を開くと、一件の通知が届いていた。「エージェント倫理検査の前倒し実施について」。対象者リストに、叔父さんの登録番号があった。

『矢口、俺……大丈夫か?』

「大丈夫だ」

俺はそう言いながら、テープを消去リストから外した。規定違反だ。だが、このテープは残さなければならない気がした。

叔父さんの声が、また少し揺れた。

『ありがとうな』

俺は何も答えず、次のテープを手に取った。

窓の外では、2月の冷たい風が、廃棄物の山を撫でていた。