五分間の重責
──平成0x29A年 日時不明
俺の腕時計が震えた。画面に浮かんだのは見慣れた通知だった。
『第0x4A7C2内閣ユニット 内閣総理大臣 任期開始 残り時間:04:59』
「またかよ」
隣で組み立て作業をしていた同僚の田中が振り返る。
「今度は何分?」
「五分」
「お疲れさん。俺は先月三分だった」
俺はライン作業の手を止め、腕時計の画面をタップした。政策変更リクエストが三件届いている。どれも些細なものばかりだ。工場内の空調設定変更、近所の公園の遊具メンテナンス周期の見直し、商店街の照明時間調整。
「お疲れさまです、雄一さん」
頭の中で親父の声がした。三年前に亡くなった親父のエージェントが、いつものように補佐に回る。
「どうする? 全部承認でいいか?」
「そうですね。特に問題のあるものはないようです。ただ、照明時間の件は電力効率を考慮して二時間短縮を推奨します」
俺は親父の提案に従って承認ボタンを押していく。工場の機械音が単調なリズムを刻む中、俺は一瞬だけ日本の一部を動かしている。
「あ、そうだ」田中が思い出したように言う。「昨日の昼休み、MDプレイヤーでスポティファイ聞いてたろ? あれ、どうなってんの?」
「改造品だよ。ネットで買った。なかなかいい音するんだ」
『残り時間:01:23』
最後の政策リクエストが届く。内容を見て、俺は少し迷った。
「近隣ブロックの工場労働者休憩時間延長申請」
「雄一さん、これは慎重に検討した方が」親父のエージェントが警告する。「生産効率に影響が出る可能性があります」
でも俺は承認した。だって、俺たちだって休憩時間は長い方がいい。
『任期終了 お疲れさまでした』
腕時計の画面が元に戻る。俺はまたライン作業に手を伸ばした。
「どうだった?」田中が聞く。
「まあ、普通」
頭の中で親父が苦笑いしている気がした。でも、文句は言わない。親父も現役時代、似たようなことをしていたのかもしれない。
昼休みのチャイムが鳴る。俺はポケットからMDプレイヤーを取り出し、イヤホンを耳に差し込んだ。今日のプレイリストは90年代のJ-POPだ。
ふと、さっき承認した休憩時間延長の効果がいつ現れるのか気になった。でも、それを確認する手段は俺にはない。俺はただ、五分間だけ偉かっただけだ。