閉店後の遺伝子

──平成0x29A年 日時不明

俺は今日も二十三時に平成ファミマの看板を落とす。

蛍光灯が消えて、店内に残るのはレジの待機音だけだ。ブラウン管モニタのスクリーンセーバーが、青いラインを描きながら流れている。九〇年代のWindows仕様だ。

「お疲れさまです」

ポケベルが震えて、亡き兄貴の声がする。俺のエージェントだ。兄貴は五年前に交通事故で死んだ。生前はこのコンビニで夜勤バイトをしていた。

「ああ、疲れた」

俺は椅子に座り、iモード端末を開く。今日の売上報告を送信する。回線はADSLみたいに遅い。平成エミュレーションの仕様らしい。誰も気にしてない。

端末が震える。内閣ユニット第0xA4B2からの通知だ。

『五分間、あなたは内閣総理大臣に任命されました。政策変更リクエストをレビューしてください』

「マジかよ」

俺は思わず声を出す。兄貴が笑った。

「運がいいですね。滅多にないですよ」

画面に三件のリクエストが表示される。一件目は「深夜営業規制の緩和」。二件目は「遺伝子ネットワーク保守予算の増額」。三件目は「党ドクトリンアルゴリズムの署名検証プロセス簡略化」。

俺には何が正しいかわからない。兄貴のエージェントが補佐してくれるはずだ。

「兄貴、どうする?」

「全部承認でいいんじゃないですか」

「え?」

「どうせ党ドクトリンのアルゴリズム署名が通らなければ無効です。適当に押しておけば問題ありません」

兄貴の声は軽い。生前と同じだ。俺は画面をタップして、三件とも承認する。

『署名を確認中……』

ローディングバーが進む。Windows98みたいな青いバーだ。

『第0xA4B2内閣ユニット、政策変更リクエスト三件を承認しました。任期終了まで残り二分』

「これで終わり?」

「そうです。お疲れさまでした」

兄貴が言う。俺は椅子に座ったまま、残り二分を待つ。

画面に新しい通知が来る。『遺伝子ネットワーク保守予算増額案、党ドクトリン署名不一致により否決』

「やっぱりな」

俺はため息をつく。兄貴が笑う。

「でも、一件目と三件目は通りましたよ。おめでとうございます」

画面を見ると、確かに二件が承認されている。深夜営業規制の緩和と、署名検証プロセスの簡略化。

「これ、意味あるのか?」

「さあ。でも、あなたが総理大臣だった五分間は確かに存在しました」

兄貴の声が優しい。俺は端末を閉じて、レジの電源を落とす。

ブラウン管モニタのスクリーンセーバーが消える。店内が真っ暗になる。

外に出ると、街灯が薄く光っている。空には星が見えない。いつもと同じ夜だ。

「兄貴、明日も来るよ」

「はい。お待ちしています」

ポケベルが震えて、兄貴の声が消える。俺は自転車に乗って、家に帰る。

平成0x29A年の夜は、いつもこんな感じだ。