メダルの重さ、夜明け前の分別場で

──平成0x29A年03月08日 01:50

俺の仕事は、捨てられたものを分ける。

第9資源循環ブロックの深夜リサイクルセンター。午前1時50分。搬入口から流れてくるベルトコンベアの上を、色とりどりのゴミが通り過ぎていく。

「健二さん、あっちの金属系、ちょっと詰まってますよ」

横の選別ラインから声がかかる。見ると、ゲームセンターのメダルが大量に絡まって、磁力選別機の投入口を塞いでいた。平成エミュの影響で、いまだに街中にはゲーセンが点在している。だが、メダルは金属として回収されるルールだ。誰かが持ち込んだのか、閉店した店の在庫処分か。

「了解」

俺は手袋を嵌め直し、メダルの塊に手を伸ばす。ずっしりと重い。何千枚とある。

そのとき、視界の端にホログラム掲示が浮かんだ。

『第0x4A2F内閣ユニット 内閣総理大臣任期開始 残り時間:4分58秒』

——またか。

今月三回目だ。確率的には異常値だが、システムに文句を言っても仕方ない。俺はメダルを抱えたまま、空中ディスプレイを起動させる。指先で浮遊するインターフェースをなぞると、政策変更リクエストが一覧で表示された。

「兄貴、今回は何?」

耳の奥で、エージェントの声が響く。兄貴——正確には、五年前に工場事故で死んだ兄、村上拓也のデータだ。享年29。俺より三つ上だった。

「資源分別基準の見直し。平成エミュ対応物品の再定義、だって」

「ああ、またそれ系か。で、何が問題なの?」

俺は画面をスクロールする。リクエストの中身は、平成的な「思い出の品」を資源としてではなく、アーカイブ対象として保存する制度を作れ、という内容だった。提出者は複数の市民団体。メダル、古いカセットテープ、手書きの年賀状、そういったものを「文化遺産」扱いにしろと。

「無理だろ、これ。党ドクトリンは『効率的資源循環』を最優先してる。署名アルゴリズムが通らない」

「でも健二、お前そういうの好きだったよな。昔、うちの押し入れにゲーセンのメダル隠してただろ」

——覚えてたのか。

俺は目の前のメダルの塊を見下ろす。黄色い光沢。表面には「JACK POT」とか「777」とか、どこかのゲーセンのロゴが刻まれている。

そのとき、搬入口の奥から紙の回覧板が流れてきた。

——紙?

手に取ると、それは第9ブロックの町内会が回してきた古い様式の回覧板だった。表紙には「資源分別に関する要望書」と手書きで書かれている。内容は、さっきのリクエストとほぼ同じ。ただし、こちらは町内会長の印鑑が押してある。

平成エミュの制度では、町内会の回覧板には一定の行政効力がある。デジタル申請と紙申請が並行して存在するこの時代の、奇妙な齟齬だ。

「兄貴、これ……どうすればいい?」

「お前が決めろよ。総理なんだから」

残り時間、2分を切った。

俺は空中ディスプレイに向き直る。リクエストの承認ボタンの横には、党ドクトリンとの整合性スコアが表示されている。案の定、赤字で『-78.3%』。このまま承認すれば、署名アルゴリズムが弾く。

だが、紙の回覧板がある。

平成的な「慣習優先ルール」を使えば、デジタル署名を迂回できる。もちろん、後で監査が入るだろう。でも——。

俺はメダルを一枚、手に取った。ひんやりとした重み。

「承認」

指先でボタンを押す。画面が一瞬点滅し、『慣習優先ルート適用』の文字が流れた。

「健二、それでいいの?」

「わかんねえよ」

任期終了の通知が鳴る。俺は空中ディスプレイを閉じ、メダルをポケットにしまった。

搬入口から、また新しいゴミが流れてくる。その中に、古いMDプレーヤーと、iモード風UIの広告チラシが混ざっていた。

——平成は、まだ終わらない。

俺はベルトコンベアに向き直り、選別作業を再開した。