景品コードと消えた私
──平成0x29A年10月13日 09:30
俺の名前は誰だっけ。
第14廃棄物処理ブロックのリサイクル選別ラインで、俺は今朝からずっと同じ質問を繰り返している。
「氏名を確認できません。再同期してください」
量子乱数ロックがかかった作業端末の前で、俺は立ち尽くしている。朝の点呼で指紋認証が通らなかった。虹彩スキャンも弾かれた。IDカードは有効期限内のはずなのに、システムが俺を「未登録」扱いしている。
「おい、蓮也。また止まってんのか」
班長の声が背中に刺さる。俺は——蓮也。そうだ、工藤蓮也。27歳。ここで三年働いてる。
でも端末は知らないと言っている。
休憩室に逃げ込んで、俺は省電力マイクログリッドの隅っこで膝を抱えた。壁際の古いブラウン管モニタには町内会掲示板が映っている。「10/13 資源ごみ回収日」「防犯パトロール参加者募集」。平成の匂いがする文字フォント。誰も読まない情報が、淡い緑色で明滅している。
「蓮也、落ち着いて」
エージェントの声が耳の奥で響く。父さん——工藤誠。享年53。心筋梗塞。五年前に死んだ。今は俺の頭の中で生きている。
「システムエラーだよ。よくあることだ」
「でも俺、誰だか分かんなくなってきた」
本当だ。さっきまで確信していた自分の名前が、急に他人事みたいに感じる。
休憩室の棚には、前の班長が集めていたインスタントラーメンの景品が並んでいる。ガラケーストラップ、ミニカー、キャラクターフィギュア。どれも2000年代の匂いがする。その中に、銀色の小さなUSBメモリがあった。
「それ、前に君が拾ったやつだろ」
父さんが言う。
「……そうだっけ?」
俺は手に取る。裏に油性ペンで「蓮也_バックアップ_0x285」と書いてある。
まさか。
端末に挿してみる。ファイルが一つ。「profile_restoration.pkg」。
実行すると、画面にテキストが流れ始めた。氏名、生年月日、血液型、指紋データ、虹彩パターン——俺の全部。
「これ、誰が作ったんだ?」
「君自身じゃないのか?」
父さんは困惑している。エージェントも分からないことがある。
データを読み込むと、量子乱数ロックが解除された。端末が俺を認識する。
「工藤蓮也さん、おかえりなさい」
機械の声が、やけに優しい。
俺は震える手でUSBメモリを抜いて、またラーメン景品の列に戻した。棚の奥に、同じ銀色のメモリがもう三つ並んでいる。どれにも名前が書いてある。「蓮也_0x282」「蓮也_0x287」「蓮也_0x28C」。
「……俺、何回消えてんだ?」
父さんは答えない。
休憩室を出ると、ラインが動き始めていた。ベルトコンベアの上を、捨てられたガラケー、MD、ブラウン管テレビが流れていく。
俺はそれを拾い上げて、分類する。
誰が使ってたのか、もう誰も覚えていない。