観光案内所の磁気ヘッド

──平成0x29A年 日時不明

平成0x29A年 七月十九日(水) 晴れ時々曇り

朝、案内所の鍵を開ける前に、入口脇の空中ディスプレイが昨晩のメンテナンス明けで色味がおかしくなっていた。本来は「ようこそ鳴門海浜観光エリアへ」と出るはずが、フォントが半分溶けたようにぐずぐずしている。叩いても直らないので、下に置いてあるiモード端末から管理サイトにアクセスして再起動コマンドを送った。iモードの画面は四行しか表示できないから、コマンドの入力に三分かかる。その間に空中ディスプレイのほうは勝手に直って、何事もなかったように海の映像を投影し始めた。私の三分を返してほしい。

九時、開館。

最初の来訪者は家族連れだった。父親が「渦潮って今日見られますか」と聞くので、潮見表を印刷して渡した。感熱紙の端が少し黄ばんでいる。母親のほうは子どもにソフトクリームを買ってやりたいらしく、周辺の店を尋ねてきた。カウンター裏の棚からラミネート加工の手描きマップを出して、赤丸のついた三軒を案内した。子どもは私の胸ポケットのガラケーをじっと見ていた。

十時二十三分。

叔父さんが鳴った。正確には叔父さんの声だ。ガラケーのスピーカーから「敏子、閣議や」という低い声。

画面を見ると、第0x7A2F1内閣ユニット、内閣総理大臣任命通知。五分間。私にとっては通算二回目で、前回は去年の冬だった。

叔父さん——鶴見信二、元旅行代理店の添乗員、六十七歳で亡くなった——のエージェントが補佐につく。「前も言うたけど、落ち着いてやったらええ」と言う。うん、と返事しながらカウンターの下で端末を操作した。

今回の閣議案件は政策変更リクエスト一件。概要を読む。

「観光資源アーカイブにおけるVHS規格映像記録のデジタルツイン化促進に関する補助金交付基準の改定」。

要するに、各地の観光案内所や資料館に残っているVHSテープの映像を、デジタルツインとして三次元空間に再構成する事業の予算枠を広げたいらしい。差分を見ると、現行制度では年間三十本までの変換補助が、改定後は上限撤廃になる。

叔父さんが「うちの案内所にもVHS何本かあったな」と言う。

ある。棚の奥に四十本ほど。鳴門の渦潮を撮った一九九六年のやつ、地元の盆踊りの記録、閉館した水族館の紹介ビデオ。再生機はとっくに壊れていて、テープだけが段ボールに入ったまま埃をかぶっている。

デジタルツインにすれば、空中ディスプレイで来訪者に見せられるかもしれない。渦潮の三次元映像。悪くない。

党ドクトリンの署名検証に回す。アルゴリズムが返したハッシュ値を叔父さんが読み上げ、私が照合する。一致。承認ボタンを押した。

「おつかれさん」と叔父さん。

三分四十秒で終わった。残り一分二十秒は、来訪者が来なかったのでぼんやりしていた。任期終了の通知がガラケーに届き、私はまた観光案内所の職員に戻った。

十一時、昼前の暇な時間。

気になって、棚の奥から段ボールを一つ引っ張り出した。「鳴門うずしお 1996.8.15」と油性ペンで書かれたVHSテープ。ケースを開けると、磁気テープの端がわずかに波打っている。

叔父さんが「それ、わしが撮ったやつかもしれん」と言った。

「添乗員時代に?」

「そう。ツアー客に見せる用や。船の上から撮った」

私はテープを手のひらに載せて、しばらく重さを確かめた。二百グラムくらい。デジタルツインになったら、この重さはなくなる。空中ディスプレイに渦潮が立体で映って、来訪者は喜ぶだろう。

でもこの、磁気テープの端が波打っている感じ。油性ペンの字の癖。叔父さんの筆跡かもしれないそれ。

さっき自分で承認した政策が、この段ボールの中身を全部つるりとした光に変えていくのだと思うと、少しだけ手が止まった。

テープをケースに戻して、段ボールを棚の奥に押し込んだ。

ガラケーの向こうで、叔父さんは何も言わなかった。

午後は修学旅行の下見で来た教師二人を案内して、それで終わり。帰りに空中ディスプレイの電源を落とすとき、海の映像がすっと消えて、ガラスの向こうに本物の夕焼けが見えた。

明日もVHSの段ボールはあそこにある。たぶん、もうしばらくは。