ガス検針票の裏、ブラウン管の奥
──平成0x29A年01月15日 08:20
朝の八時二十分、リサイクルセンター第七棟の搬入口は、いつも通りブラウン管テレビの山だった。
私はゴム手袋を嵌め直しながら、今日の処理リストを確認する。ガラケーの折り畳み画面に表示されるリストは、サブスク決済の月額プラン——「廃棄物管理パッケージ・ベーシック」の範囲内で処理できる品目だけが並んでいる。超過分は追加課金になるから、順番が大事だ。
「裕子さん、七列目のやつ、先に片付けたほうがいいよ」
右耳の奥で、叔母の声がした。河合節子、享年六十一。ガスの検針員をやっていた人で、六年前に階段から落ちて死んだ。私のエージェントになってからも、段取りにうるさいのは変わらない。
「なんで七列目?」
「あのブラウン管、奥に内閣ユニットの旧端末が混ざってるでしょう。量子署名の残滓が入ってると、通常ラインに流せないから」
叔母の目——というか、私の視界に重ねて表示されるスキャン結果は正確だった。二十一インチのブラウン管テレビ、外装は「SHARP」のロゴ。だが背面パネルを外すと、内部基板に見覚えのない回路がへばりついている。内閣ユニットの閣議承認に使われていた量子署名モジュールの残骸だ。
「……また不法投棄か」
量子署名の処理済みハードウェアは、専用の解体ラインを通す規定になっている。だが解体費用がサブスク決済の上位プランにしか含まれていないから、一般廃棄に紛れ込ませる人が後を絶たない。
私は端末からリクエストを飛ばそうとして、手が止まった。
ガラケーの画面の隅に、小さな通知が点滅している。
「法定倫理検査のお知らせ——エージェント・河合節子の定期検査日程が本日10:00に確定しました。検査完了まで代理エージェントが割り当てられます」
「あ、今日だったの」
叔母の声が、少しだけ曇った。
「ごめんね裕子さん、忘れてたわけじゃないんだけど。検針票の整理に気を取られてて」
検針票。叔母はときどき、自分がまだガスの検針員だと思っているような口ぶりになる。エージェント化された人格の癖だ。生前の習慣が、境界なく滲み出す。
「いいよ、行っておいで」
十時になれば叔母は消え、知らない声の代理エージェントがやってくる。それまで一時間半ちょっと。
私はブラウン管テレビの背面パネルを戻し、七列目の端に寄せた。叔母がいる間に、仕分けだけは終わらせたい。
作業台の上に、テレビの中から紙切れが一枚落ちた。
古いガス検針票だった。
日付は読めない。インクが滲んで、数字が溶けている。でも「ご使用量」の欄に手書きで「0」と書き足してあるのが見えた。誰かが、ゼロを主張したかったのだ。使っていない、と。
「……節子さん、これ」
返事がない。
見ると、通知がもう一件。「倫理検査の事前スキャンを開始します。エージェントとの通信が一時的に不安定になる場合があります」
叔母は、もう半分向こう側にいるらしい。
私はガス検針票を作業服の胸ポケットに入れた。廃棄物ではない。少なくとも今は。
ブラウン管テレビの画面が、搬入口から差し込む冬の朝日を反射して、一瞬だけ点いたように見えた。映っていたのは私の顔だった。目の下に隈がある。叔母がいなくなる前に、あと何台片付けられるだろう。
胸ポケットの検針票が、体温で少しだけ温まっていた。
手書きのゼロが、指先に触れた。