補完された笑顔

──平成0x29A年05月18日 08:10

モニターの光が、薄暗い部屋の埃を照らし出している。俺の職場、第17通信ブロック個人データ管理室は、いつもこんな感じだ。

窓の外では、高層農業プラントのガラス壁が朝日にきらめいている。レタスか何かを育てている区画だろう。規則正しく点滅する育成灯が、巨大な電子基板のようだ。

「聡。キューに5件溜まってるぞ。さっさと片付けちまえ」

頭の中に、親父の声が響く。エージェントになってからも、そのぶっきらぼうな口調は変わらない。

『わかってるよ』

俺は思考で応じ、一番上の案件を開いた。市民ID: 8C-4B-D9-E1、タナカ・トメさん。依頼内容は『故人家族データの再同期』。

添付ファイルを開くと、スキャンされた物理申請書と、一枚のディスクイメージがロードされた。ディスクのラベルにはマジックで「平成二十三年 夫と」と書いてある。

「……CD-Rか。また面倒なやつだな」

「基本が大事だ。焦るなよ」と親父が言う。生前、電力網の保守作業員だった親父の口癖だ。

案の定、イメージデータはエラーだらけだった。ディレクトリ構造は半ば崩壊し、画像ファイルの大半が破損している。自動復旧スクリプトは開始五秒でギブアップした。

「手動でやるしかないか」

俺はコンソールを叩き、旧世代のデータサルベージツールを起動した。バイナリの海から、意味のある断片を拾い集める地道な作業だ。部屋の隅で、検証用に置かれたブラウン管テレビが、ザーッと音を立てて砂嵐を映している。データの残響みたいで、少し不気味だ。

数時間後、なんとか一枚の写真データらしきものを復元できた。だが、肝心な部分がごっそり抜け落ちている。タナカ・トメさんと思われる老婆の横、夫がいたはずの場所が、ノイズのシミになっている。

「ここまでか……」

「諦めるのか。お前は昔からそうだ」

親父の叱咤に、俺は舌打ちした。まだ手はある。最終手段だ。

俺は『生成AI校正ツール』を起動した。党ドクトリンのアルゴリズムを解析した連中が作った、半ば非合法の代物だ。破損データを、統計的に「最もあり得る」形で補完してくれる。

『参照データセット:平成期家族写真データベース』
『補完レベル:最大』

設定を済ませ、実行ボタンを押す。プログレスバーがゆっくりと進んでいく。親父のエージェントが珍しく黙っている。あいつも、このツールの胡散臭さは感じているんだろう。

やがて処理完了の通知音が鳴った。プレビューウインドウが開く。

そこに映っていたのは、満面の笑みを浮かべるタナカ・トメさんと、その隣で、同じくらい人の良さそうな笑顔を見せる……まったく知らないおじさんだった。

背景の庭木や、トメさんの服装は見事に修復されている。だが、肝心の夫の顔は、データベースから抽出された「平成期における平均的な夫の顔」で補完されてしまったらしい。完璧なまでに、赤の他人だ。

しばらく、俺はその滑稽なまでの完成度に見入っていた。

やがて、頭の中に親父の深いため息が響いた。

「……だから言ったろ、聡。基本が大事なんだよ」