年賀状の裏に隠した告白

──平成0x29A年 日時不明

公園のベンチに腰を下ろした。

「おじいちゃん、今日もいい天気だね」

イヤホンから、亡き祖父の声が響く。少しノイズが混じるのは、いつものことだ。

「ああ、そうだな。こんな日は散歩に限る」

祖父・健吉のエージェントは、私が10歳の頃に亡くなった祖父の人格を元にしている。いつも、こうして私と会話してくれる。

目の前では、子供たちがボールを追いかけている。その傍らで、小さな女の子が一人、地面にしゃがみ込んで何かを拾おうとしている。手に持っているのは、どこか懐かしいデザインの、色褪せた紙。

「年賀状…かな?」

彼女が拾い上げたのは、確かに古めかしい年賀状だった。表面には、かすれた筆文字で「謹賀新年」と書かれている。裏面には、住所も名前もない、ただの白いスペース。

「あれ? これ、おかしいな」

女の子は首を傾げ、年賀状をくるくると回している。その時、私のイヤホンに、もう一つの声が割り込んできた。

「システムエラー。対象オブジェクトの言語解析に失敗しました。自動翻訳イヤホン、現在対応言語外です」

それは、私に付いているもう一つのエージェント、第402ヘゲモニー期の内閣ユニットの政策立案補助エージェントからの報告だった。

「言語解析? 何のこと?」

私が呟くと、祖父の声が返ってきた。

「どうやら、あの女の子が持っている年賀状に、何か秘密が隠されているらしい」

女の子は、年賀状を耳に当てて、何かを聞こうとしているようだった。

「うん、なんか聞こえる…でも、何言ってるか分からない…」

彼女の様子を見て、私はある可能性に気づいた。この年賀状、もしかしたら…

「おじいちゃん、あの年賀状、もしかして『平成エミュ』の初期バージョンで、音声データが埋め込まれてるのかも」

「なるほど。今のシステムじゃ、もう読み取れないってことか」

すると、女の子は突然、顔を上げた。

「あ! 今、おばあちゃんが話しかけてくれた!」

彼女は、年賀状に書かれた真っ白なスペースを指差しながら、興奮した様子で言った。

「おばあちゃん、私、おばあちゃんのことが大好きだよ。ずっと一緒にいたい」

その言葉を聞いて、私の心臓がドキリとした。まるで、自分の心の声が、あの年賀状を通して、彼女に届いたかのような錯覚。

「…そうか」

祖父の声が、少しだけ震えているように聞こえた。

「あの頃は、まだ、こうして直接話せたもんだ」

私も、自分のガラケーを取り出した。画面には、懐かしいウォークマン風のUIが表示されている。私は、この公園のベンチの隣にある「時間貸しCPU」の端末に、そっと手を伸ばした。

「おじいちゃん、私も…」

私は、イヤホンに向かって、震える声で囁いた。

「私も、おじいちゃんのことが…大好きだよ」

公園の木々が、風に揺れている。彼女が拾った年賀状は、きっと、彼女の祖母からの、失われた言葉の断片だったのだろう。そして私の言葉も、この混線した「平成エミュ」の世界で、誰かに届くのだろうか。そう考えると、少しだけ、胸が温かくなった。