テレカの残度数、届かない荷物

──平成0x29A年03月01日 08:00

朝八時の集積場は、センサーダストが薄く光っている。

靴底に微粒子が食いつく感触が嫌いだ。踏むたび、荷物の重量と温度と位置が倉庫のどこかに吸い上げられていく。便利なんだろうけど、足の裏がずっと見られているみたいで落ち着かない。

「三十七番棚、冷蔵便二つ、常温四つ。ルート確認して」

左耳の奥で叔父の声がする。叔父——堀川義春。五年前に肝硬変で逝った。酒飲みで、声がいつも少しかすれている。生前は同じ物流ブロックで仕分けをやっていた人だから、配達ルートの話になると妙に生き生きする。

「義春さん、冷蔵のほう先でいい?」

「第六居住棟が遠回りになる。常温を先に回せ、気温まだ低いから冷蔵は後でも保つ」

叔父の判断はだいたい正しい。あたしは端末を確認する。ポケベル風の液晶画面に配達先が並び、その下にストリーミング広告がちらちら流れている。今日は洗剤の広告。九〇年代のCMみたいなジングルが鳴って、すぐ消えた。

カートに荷物を積んでいると、量子乱数ロックが赤いままの箱がひとつ混じっていた。

側面の認証パネルに触れても反応しない。署名が通っていない。

「また?」

「先週から増えてる」と叔父が言う。「ドクトリン署名のシードが割れてるって噂、聞いてるだろう」

もちろん聞いている。解読屋がSNS——というか、iモード風の掲示板サービスに鍵の断片を投稿しているのを、先月あたしも見た。あのアルゴリズムが本当に丸裸になったら、量子乱数ロックの認証チェーンも根っこから崩れる。届けられない荷物がもっと増える。

「保留棚に回すしかないか」

あたしはポケットからテレホンカードを出した。

集積場の隅に、いまだに公衆電話がある。管理端末が落ちたとき用の物理回線。テレカの残度数は十二。裏面のパンチ穴を親指でなぞりながら、受話器を取って配送管理の直通番号を押す。プッシュ音が古い。

三コールで繋がった。

「堀川です。第七集積場。量子乱数ロック未解除が一件、配送保留にします。管理番号——」

読み上げると、向こうが言った。「物理承認で出せるよ。ハンコある?」

腰のポーチに手を入れる。朱肉付きの認印。「堀川」の三文字が逆さに彫ってある。叔父が使っていたものを、あたしがそのまま引き継いだ。

「ハンコ、あります」

「箱の側面、認証パネルの左下に白い紙ラベル貼ってあるでしょ。そこに日付と名前と押印。それでロック解除の代替手続きになるから」

電話を切って、箱の前にしゃがむ。確かに小さな白いラベルが貼ってあった。

センサーダストがラベルの表面にも薄く積もっていて、指で払うとざらついた。ボールペンで日付を書く。平成——。年号の数字がいつも長い。

朱肉にハンコを押しつけ、ラベルに捺す。

じわっと朱が紙に染みた瞬間、量子乱数ロックの赤いランプがゆっくり緑に変わった。

「……通った」

「そりゃ通るよ」と叔父が言う。少し笑っている。「暗号が何重だろうが、最後にモノを届けるのは足と手だ。ずっとそうだった」

カートに箱を積む。持ち上げたとき、腕にセンサーダストの粒子がきらきら付いた。あたしの体温を読んでいるのだろう。

配達に出る。

三月の空気はまだ冷たくて、ハンコを握った右手の親指に、朱肉の湿り気がしばらく残っていた。