荷札の裏、紙の座標

──平成0x29A年03月26日 22:10

俺が運ぶのは、誰かが欲しがった物だ。

第9物流ブロックの夜間集配センター。午後10時を過ぎても荷物は途切れない。俺は配達員だが、今夜はセンター内の仕分け補助に回されている。ベルトコンベアの脇で、荷札の生体認証シールを読み取り機にかざす作業を繰り返す。

「桜井、次の荷物、認証通らない」

隣のラインから声がかかる。俺は荷物を受け取り、スマートグラスのディスプレイに映る配達先を確認する。第22居住ブロック。認証エラーの原因は、荷札に貼られた生体認証シールの劣化だ。こういう時は手動で再登録するしかない。

「叔父さん、手順書どこだっけ」

俺の左耳に埋め込まれたイヤピースから、叔父の声が返ってくる。

『ロッカーの三段目、フロッピーディスクのケースに挟んである紙だ』

叔父——桜井隆、享年47、トラック追突事故で死んだ。俺が高校生の時だ。配達一筋の男で、この仕事を俺に勧めたのも叔父だった。

ロッカーを開けると、確かにフロッピーディスクのケースがある。中には、手書きの手順書が折り畳まれていた。平成の匂いがする紙だ。俺はそれを広げ、スマートグラスのカメラで撮影する。ディスプレイに手順が拡大表示される。

「ああ、これか」

再登録の手順は面倒だが、慣れている。端末に荷物番号を打ち込み、配達先の生体情報を照合する。画面に「承認待機中」と表示される。

『桜井、お前、今日は内閣ユニットに当たってないよな?』

「当たってないよ。ランダムだし、俺なんかに回ってくるわけない」

『そうか。なら、誰かが承認するまで待つしかないな』

俺はベルトコンベアの脇に立ち、スマートグラスの隅に表示される時刻を眺める。22時10分。承認が下りるまで、この荷物は動かせない。

ふと、ロッカーの上に置かれた紙の地図が目に入る。第9物流ブロックの配達エリアを示した古い地図だ。道路の名前や建物の配置が手書きで書き込まれている。スマートグラスのナビがあれば不要なはずだが、叔父はこの地図を愛用していた。

『桜井、その地図、まだ使ってるのか?』

「たまにね。ナビが狂った時とか」

『俺も昔、ナビが死んで、あの地図だけで配達したことがある。紙は裏切らない』

叔父の声には、どこか誇らしげな響きがある。俺は地図を手に取り、配達先の第22居住ブロックを探す。指でなぞると、手書きの注釈が見つかる。「夜間は西門から」。

端末が小さく震える。承認が下りたらしい。画面を見ると、「第0x4A2F7内閣ユニット/承認」と表示されている。誰が承認したのかは分からない。ランダムで選ばれた誰かが、5分だけ総理大臣を務め、この荷物の再登録を承認した。

「よし、通った」

俺は荷物をベルトコンベアに戻す。荷物は次のラインへと流れていく。

『桜井、お前、この仕事、嫌いか?』

叔父の声が、不意に尋ねる。

「嫌いじゃない。でも、何のためにやってるのか、時々分からなくなる」

『それでいいんだよ。俺もそうだった』

俺はスマートグラスを外し、紙の地図をもう一度眺める。手書きの線が、夜の配達ルートを示している。

誰かが欲しがった物を、誰かが承認して、俺が運ぶ。それだけのことだ。

でも、叔父の声が耳に残る限り、俺はこの仕事を続けるだろう。