公園のベンチ、録音中

──平成0x29A年 日時不明

【音声メモ #0412 記録者:三浦彩 日時:第402ヘゲモニー期/地区公園「はなみずき」ベンチ3番付近】

……あ、入ってる。入ってるよね。赤いランプ、ついてる。

えっと、これは私の記録。三浦彩、二十五歳。今日は非番で、公園に来てる。

お母さん——じゃなくて、エージェント。ちょっと黙っててくれる? 録音してるから。

『彩、首のパッチ、剥がれかけてるわよ』

わかってる。わかってるって。

ごめん、これ説明しとくと、今私の首の後ろにナノ医療パッチが貼ってあって、先週から花粉症のやつ。なんだけど粘着がすぐダメになるの。なんか、この公園のベンチに座ってるとぺろぺろ端が浮いてくる。湿度のせいかな。

で、手元には使い捨てカメラ。二十七枚撮りの。先月リサイクルショップで三つ買ったうちの最後の一本。フィルムはどこから来てるんだろう。お母さん——エージェントに訊いても「さあ、昔はコンビニにあったわよ」としか言わない。お母さんが生きてた頃のことなのか、それともお母さんの記憶にある「お母さんのお母さんの頃」なのか、もう区別がつかない。享年四十一。私が十七のときに。

今日はこの使い捨てカメラで、公園の自律型バスを撮りに来た。

ほら、聞こえる? あのモーター音。はなみずき公園の外周を十二分間隔で回ってる小さいバス。誰も乗ってないことが多い。窓にカーテンがかかってて、行き先表示が「循環」としか出てない。

問題はね、あのバスの停留所の時刻表。

デジタル表示なんだけど、二十四時間制じゃなくて午前午後で書いてあるの。しかも日付の欄が「平成」なの。それ自体は別にいいんだけど、年数がたまにバグる。昨日は「平成9年」って出てた。今日は「平成24年」。停留所ごとに違う年を表示してることもある。

バスは来る。時刻表が何年を指していても、ちゃんと十二分おきに来る。だから誰も困ってない。困ってないんだけど、私は気になる。

だって。

写真を撮ろうとしてシャッター押すでしょ。使い捨てカメラだから巻き上げるでしょ、ぎこぎこって。その間にバスが来て、停留所の表示が切り替わる。「平成9年」のときに撮りたかったのに、現像したら「平成24年」になってるかもしれない。

『彩、バス来たわよ』

うん、見えてる。

……はい、シャッター切った。巻き上げた。パッチがまた浮いた。指で押さえた。

カセットテープのラベルみたいだなって思ったの、さっき。パッチの裏面に印刷してある成分表示。ものすごく小さい字で、びっしり。昔お母さんの部屋にあったカセットテープの背ラベル。曲名を几帳面に書き込んであったやつ。お母さんの字は右上がりで、ちょっと丸かった。

エージェントのお母さんは、あの字を書けない。声は似てるけど、字は持ってない。

『何か言った?』

言ってない。

またバスが通った。表示は——「平成16年」。さっきと違う。

二十七枚のうち、あと四枚。

あのね、録音だから言うけど。

私、このカメラで撮りたいのはバスじゃないのかもしれない。

バスの窓に映ってる自分の顔を撮りたいのかもしれない。お母さんが四十一で死んだとき、最後に撮った写真が使い捨てカメラだったから。病室で、私が撮った。あの写真、現像したら光が被ってて、ほとんど何も写ってなかった。

だから今度はちゃんと撮りたいだけ。

何をって訊かれたら困るんだけど。

……パッチ、貼り直した。バス、また来る。

録音、ここまで。

【音声メモ終了 記録時間:4分38秒 カセットテープ形式(.cst)で保存】