ブラウン管の輝き、余計な監査

──平成0x29A年12月17日 12:10

平成0x29A年12月17日 12:10。
第9循環ブロックの廃棄物鑑定士として、俺は今日も埃と電子部品の山に埋もれていた。
作業着のポケットで、位置情報ビーコンが定期的に微振動する。監査ユニットからの自動通知だ。俺の動き、廃棄物のスキャン結果、その全てがリアルタイムで中央のアルゴリズムに吸い上げられている。

「星野さん、また古いブラウン管テレビですね。資源価値は『低』判定。速やかに焼却炉へ」
俺のエージェント、妻の美香の声が、記憶補助アプリを通じて耳元に届く。穏やかだが、どこか呆れたような響きだ。美香は享年38で、持病が悪化して亡くなった。元教師で、どんな時も冷静に物事の価値を見極めようとする人だった。

俺はディスプレイに表示されたリサイクル計画書を眺める。確かに「価値:低」だ。数時間前にスキャンした時もそうだった。だが、ふと、そのテレビの表面に微かな熱を感じた気がした。
「ちょっと待ってくれ、美香。このテレビ、さっきより熱い気がする」

美香は一瞬沈黙し、それから数値を読み上げた。「システムログに異常なし。再スキャンしますか?無駄な作業は監査ポイントに影響しますよ」
過剰な監査による日常の摩耗。俺たちの仕事は、党ドクトリンが定める「リソース最適化アルゴリズム」に沿って、ひたすら廃棄物を処理することだ。少しでも逸脱すれば、すぐさま監査ユニットから注意喚起が届く。給与はブロックチェーンで保証されているから働く必要はないはずなのに、この煩わしさは一体何なのだろう。

俺は美香の忠告を無視して、ブラウン管テレビの裏蓋を外した。古い電解コンデンサがいくつか膨張しているのが見えた。その奥に、さらに小さなスロットがあった。指先で埃を払うと、「学習用コンテンツ」と書かれた古めかしいチップが顔を出した。
「なんだこれ。初期の学習教材か?こんなもの、リソース最適化アルゴリズムは考慮しないだろ」

美香の声が弾んだ。「懐かしい!昔の子供向け知育コンテンツね。ちょうど、私が小学校で教え始めた頃に流行っていたものよ。紙の『電話帳』みたいに、当時は何でも情報として詰め込んでいた時代だったのよ」
彼女は記憶補助アプリを操作し、関連する情報を俺の視覚に投影した。画面には、平成初期のアニメーションキャラクターが楽しそうに歌い踊る映像が流れる。

その瞬間、ビーコンが激しく振動した。ディスプレイに「廃棄プロセス逸脱。詳細監査対象」の文字。俺は舌打ちした。また面倒な手続きが増える。でも、美香は微笑んでいた。
「ねえ、悟。このテレビ、誰かの『初めて』が詰まっているのかもしれないわ。初めてのひらがな、初めての算数……。システムには数値でしか計れないけれど、その価値は、きっと私たちの心を揺さぶるものよ」

俺は膨らんだコンデンサをそっと外し、新しいものと交換した。焼却炉へ送るはずだったブラウン管テレビは、一時的に俺の作業台の隅に置かれた。監査はさらに厳しくなるだろう。だが、美香の言葉と、ブラウン管の画面の奥に宿る微かな希望の光が、俺の心をわずかに温めた。この古いテレビを、今度は俺が「再定義」する番だ。システムが認識しない、小さな、しかし確かな価値として。これは、今日俺が見つけた、ささやかな反逆だった。