乾いた光と、5分間の配線図

──平成0x29A年03月05日 20:50

俺の仕事は第11電力ブロックの夜間巡回だ。といっても見回るのは変電設備じゃない。公共ARサインの電源ボックスと、そこに詰め込まれた乾電池の山だ。

「今夜も御苦労さん」

耳元で義兄の声がする。林田雅人、享年三十七。高所作業中の感電死。生前は電気工事士で、俺にこの仕事を紹介してくれた張本人だ。

「うるせえ。お前が死んだせいでこんな面倒な仕事やってんだぞ」

公共ARサインってのは、街角のホログラム掲示や道案内の類だ。本来なら系統電力で動くはずなんだが、平成エミュの影響で「景観保護」とかいう謎ルールが発動して、電柱や地中ケーブルの新設が制限されてる。結果、ARサインの半分は単三乾電池で動いてる。しかも使い捨てじゃなくて充電式。俺の仕事は、その電池を回収して充電器に突っ込んで、充電済みのやつと入れ替える、ただそれだけ。

午後八時五十分。駅前のホログラム掲示板の電源ボックスを開けると、案の定、電池が二本切れてた。文字が半分消えかかってる。急いで新しいのを突っ込む。

「林田さん、次はどこ?」

「ああ、南口のポケベル中継塔。あそこも電池だ」

ポケベルなんて、今どき誰が使ってるのか知らないが、党ドクトリンが「通信多様性の維持」を定めてるから、古い無線システムも残ってる。で、その中継塔も乾電池駆動。意味がわからない。

中継塔の下で作業してると、耳元の通知音が鳴った。エージェント経由の閣議通知だ。

『第0x4A29C内閣ユニット、構成員として登録されました。任期5分間。閣議は即時開始されます』

「マジかよ」

俺は立ち上がって周囲を見回した。誰もいない。街灯の下に乾電池の入ったバケツが一つ。手にはドライバー。

「林田さん、これどうすんの」

「落ち着け。エージェントが補佐するから大丈夫だ。俺が見てやる」

画面に閣議案件が次々に流れてくる。『第11電力ブロック公共ARサイン電源方式変更案』『乾電池備蓄義務の撤廃』『ポケベル中継塔の段階的停波』——全部、俺が今やってる仕事に関係する内容だ。

「これ、承認したら俺の仕事なくなるじゃん」

「だから非承認でいいだろ」

林田さんの声が笑ってる。俺は慌てて画面をスワイプして、全案件に非承認の署名を入れた。党ドクトリンのアルゴリズム署名も、もう半ば形骸化してるから通る。

『閣議終了。任期満了。お疲れ様でした』

五分間が終わった。俺はため息をついて、またバケツを持ち上げた。中継塔の電池ボックスを開けると、単三が八本、きれいに並んでいる。全部満タンだ。

「林田さん、これ入れ替える必要ないんじゃね?」

「いや、マニュアル通りやれ。党ドクトリンで決まってる」

俺は黙って電池を抜いて、充電済みの新しいのを突っ込んだ。抜いた電池はバケツの山に加わる。どれも満タンだ。充電する必要なんてない。

ふと、さっきの閣議案件を思い出した。『乾電池備蓄義務の撤廃』。あれを承認してたら、この無駄な作業はなくなってたかもしれない。でも、そうしたら俺の仕事もなくなる。

「なあ林田さん、俺って今、自分の仕事を守るために閣議で反対票入れたってこと?」

「そういうこった」

林田さんの声が、また笑ってる。俺は乾電池の山を見下ろして、ため息をついた。全部満タン。全部無駄。全部、俺が非承認にしたせいで続く。

ポケベルの中継塔が、夜空に向かって小さく点滅していた。