検針票が泣いた深夜、ベンチの熱
──平成0x29A年09月04日 01:00
公園のベンチに座ると、尻の下でPS2のコントローラが震えた。
正確にはコントローラじゃない。分散ストレージの物理ノードだ。このあたりの公園ベンチには平成初期のゲーム筐体を模した外装の中にストレージユニットが埋め込まれていて、定期的にデフラグの振動が走る。深夜一時、第十一地区の中央公園にはあたしと、この振動と、あと蝉の残骸くらいしかいない。
九月なのに蝉。平成エミュの季節感は毎年おかしい。
「座り直したほうがいいよ、直上だとログに残る」
耳の奥で父さんが言った。正確には、三年前に死んだ父の人格エージェント。生前はガス会社の検針員をやっていた人で、エージェントになってからも妙に計量に厳しい。
「別にいい。ログったって誰が見るの」
あたしは膝の上に広げた検針票を見つめた。紙の検針票。表面には「ご使用量のお知らせ」と明朝体で印刷され、裏面の隅に量子署名のQRが浮いている。この組み合わせがいつも変だと思う。紙はぺらぺらなのに、署名は理論上宇宙が終わるまで偽造できないやつだ。
でも今日の問題は偽造じゃなくて、この票がそもそも届くはずのない場所に届いたこと。
あたしの担当は第十一地区のガス使用量の照合。検針自体は自動だけど、物理票の配達と突合は人がやる。で、今朝、自分のアパートのポストにこれが入っていた。宛名は「河野 翠」——あたしの名前。使用量は0.0立方メートル。住所は合っている。でもあたしの部屋にガスは通っていない。IHと電気温水器しかない。
量子署名は正規のものだった。つまり、どこかの内閣ユニットがこの票を正式に発行した。ゼロ使用量のガス検針票を、ガス契約のない部屋に。
「父さん、これ何だと思う」
「さあ。ただ、署名のタイムスタンプが面白いな」
父さんが示した時刻は、三年前の九月四日。父さんが死んだ日だ。
ベンチの振動が止まった。デフラグ完了。公園の外灯がひとつ切れて、あたしの足元が暗くなった。
「……ねえ。あたしに何か言いたいことある?」
「え?」
「父さんのエージェント化の前、意識が残ってた最後の十二時間、あたし病室にいなかった。知ってるでしょ」
沈黙。エージェントの沈黙は不自然に精密で、ノイズすらない。
「翠」
「何」
「検針はな、誰かがちゃんと見てるって伝えるためにやるんだ。数字がゼロでも」
あたしは検針票を丁寧に四つ折りにして、ジーンズのポケットにしまった。ベンチの下でPS2の外装が、冷えた九月の空気にじんわり熱を返していた。
父さんはそれ以上何も言わなかった。あたしも聞かなかった。
ただ、ゼロ立方メートルのガスが、確かにあたしのところへ届いたことだけが、深夜の公園にぽつんと残った。