114106は規定動作です

──平成0x29A年04月12日 13:40

「店長、3番席のプレステ2、またディスク読み込まないみたいです」

インカムに飛ばすと、奥からくぐもった声で「またかよ。悪いけど申請しといて」と返ってきた。カウンターの隅でブラウン管テレビの砂嵐を眺めていた女子高生グループに「ごめんね、あっちの席のサターン使ってて」と声をかけ、俺はバックヤードに引っ込んだ。

『修理申請ですね。機種名、型番、症状を正確にお願いします』

網膜に投影されたテキストは、明朝体で四角四面。親父のエージェントが法定倫理検査に入って三日、この代理エージェントの堅苦しさにはうんざりしていた。

「プレイステーション2。型番は……」

PS2本体をひっくり返し、底面のシールにかすれた文字を読む。SCPH-70000。症状はディスクの読み込み不良。たまに『ガー』って嫌な音がする。

『異音の表現が主観的です。承認アルゴリズムに準拠しません。客観的な記述に修正してください』

「あーもう、わかったよ。生成AI校正にかけといて。いい感じに」

『承知しました。校正案を提示します。【光学ピックアップ部の動作不良に起因するディスク読み取りエラー。駆動時に周期的な摩擦音を観測】。こちらで申請しますか?』

「はいはい、それでお願いします」

ため息が出る。親父なら「ガーって音な、わかるわかる。レンズ汚れてんじゃねえの?」なんて軽口を叩きながら、二秒で申請を通してくれたはずだ。

『申請データを生成。送信プロトコルを……エラー。共有型バッテリーの残量が15%未満です。申請が中断される可能性があります』

チッ。慌てて壁のコンセントに埋め込まれた共有ポートに、自分の端末をドッキングさせる。緑のランプが点灯し、充電が始まった。

「これでいいだろ。早く送ってくれ」

『再接続を確認。申請プロセスを再開します。最終承認のため、申請者による以下の内容の読み上げが必要です』

目の前に、びっしりと規約と申請内容が映し出される。俺はそれを、感情を殺して読み上げ始めた。
「……品名、家庭用ゲーム機。型番、SCPH-70000。数量、1。所属、第8文化ブロック、ピクセルパーラー……」

その時だった。

腰につけたプラスチックの塊が、懐かしい電子音とともに震えた。

ピピピッ、ピピピッ。

液晶に浮かび上がった数字に、俺は息を呑んだ。

「114106」

親父が死ぬ前、俺によく送ってきた番号だ。まだポケベルがギリギリ使えた、あの頃の。

「……親父?」

検査、終わったのか? もう帰ってきたのか?

期待を込めて呟いた俺に、代理エージェントは即座に、冷たい明朝体で返信した。

『いいえ。矢島健介氏の法定倫理検査は継続中です』

「じゃあ、なんだよこれ」

『当メッセージは、矢島健介氏の生前の行動ログから抽出された高頻度発信パターンに基づき、代理エージェントが定期送信しているものです。ユーザーの精神的安定維持を目的とした、規定動作となります』

規定動作。

俺の中で、何かがプツンと切れた。

「……そうかよ。ご苦労さん」

吐き捨てる俺の感情などお構いなしに、代理はテキストを続ける。

『ご理解に感謝します。では、プレイステーション2の修理申請手続きを再開します。申請内容の読み上げをどうぞ』

俺は、もう笑うしかなかった。親父の「愛してる」は、今やシステムの暇つぶしみたいなもんだ。俺は空っぽの目で宙を見つめ、さっきの続きを棒読みで再開した。

「……申請理由、光学ピックアップ部の動作不良……」