午前三時、注文票の山
──平成0x29A年10月06日 03:40
俺は折りたたみ携帯を閉じて、カウンターの上に置いた。
「第0x1F2A7内閣ユニット、閣議決定通知を受領しました」
画面には午前三時四十分の時刻表示。コンビニ「ファミマート平成」の蛍光灯が、変わらず白く店内を照らしている。客はいない。外は真っ暗だ。
カウンター脇のFAX機が、唐突に動き出した。
「また来たか」
感熱紙がするすると吐き出される。第27高層農業プラントからの発注書だ。手書きの文字で「トマト缶×50、ツナ缶×30、麦茶2L×20」と書いてある。欄外に小さく「3Dプリント部品(棚ラック用)×5セット」の追記。
俺は受話器を取り、プラントの夜勤担当に電話をかけた。プルルル、という音が三回。
「はい、第27」
「ファミマートです。発注受けました。部品は明日の昼便でいいですか」
「助かります。ラックの接合部がまた割れちゃって」
通話を切る。FAX機の横には、すでに十枚ほどの注文票が積まれていた。すべて手書き。党ドクトリンの署名アルゴリズムが半ば公然と解読されているせいで、デジタル発注システムは信用されなくなった。結果、FAXが復権した。
俺は伝票ホルダーに注文票を挟み、在庫棚へ向かう。
「健司、缶詰は奥から取れ。賞味期限の古い順だ」
エージェントの声が頭の中で響く。父さんだ。享年53、過労死。元コンビニ店長。几帳面で、マニュアルを守ることに誇りを持っていた。
「わかってるよ」
俺は缶詰の列を確認し、奥から順に箱へ詰めていく。トマト缶の表面には、1990年代風のレトロなデザイン。だが製造年月日は「平成0x298」と刻印されている。
「部品も忘れるなよ」
「忘れてない」
3Dプリント部品は、裏の倉庫に保管してある。樹脂製のラック接合パーツだ。プラントの温室設備は古く、部品が定期的に劣化する。俺たちのコンビニは、食品だけでなく、こうした小物の供給拠点にもなっている。
FAX機が再び鳴った。今度は第3居住ブロックの管理組合から。
「また修繕申請の控えか」
感熱紙を手に取る。やはり、党ドクトリン署名不整合で非承認になった書類の再提出依頼だった。欄外に「念のため紙でも保管を」と手書きのメモ。
俺はそれをクリップで留め、カウンター下のファイルボックスに入れた。
「昔はこんなことしなくて良かったのにな」
父さんの声が、少し遠くなる。
「昔っていつだよ」
「さあな。俺が生きてた頃も、もうこんな感じだったかもしれん」
俺は折りたたみ携帯を開き、配送手配の入力を始めた。画面は小さく、文字入力に時間がかかる。それでも、これが一番確実だった。
外で、配送トラックのエンジン音が聞こえた。午前四時の集荷便だ。
俺は箱を抱えて、自動ドアの前に立つ。ドアが開き、冷たい空気が流れ込んできた。
トラックの運転手が手を挙げる。俺も手を挙げ返した。
荷物を渡し、伝票にサインをもらう。運転手は何も言わずに去っていった。
俺は店内に戻り、カウンターに座った。折りたたみ携帯の画面が、また光る。
「第0x1F2A8内閣ユニット、閣議決定通知を受領しました」
五分が経過したらしい。次のユニットに切り替わった。
俺は携帯を閉じ、FAX機の横に目をやった。また一枚、注文票が吐き出されていた。
トマト缶、ツナ缶、麦茶。
「また同じか」
「まあ、そういうもんだ」
父さんの声が、静かに言った。
俺は立ち上がり、在庫棚へ向かった。