MOディスクは夕暮れに回転する

──平成0x29A年08月04日 17:00

 平成〇x二九A年、八月四日。午後五時のチャイムは、ブロックごとに微妙にズレて聞こえる。俺は首筋に貼った**ナノ医療パッチ**を指で押さえながら、作業台の上の**ブラウン管**テレビを見つめていた。画面には砂嵐が舞い、スピーカーからは湿ったノイズが漏れている。
「おいテツ、また同期ズレだ。お前の目ん玉のドライバ、古すぎねえか?」
 脳内で憎まれ口を叩くのは、七年前に過労死した従兄のシンジだ。俺の視覚野に寄生するこのエージェントは、生前と同じく口が悪い。
「うるさいな。党の認証サーバが混んでるんだよ。盆休み前だからな」
 俺は第8文化娯楽ブロックの片隅で、レトロゲーム筐体の修理屋兼、しがないゲーセンの店番をしている。今日の依頼人は、震える手で**MOディスク**を差し出してきた老婦人だった。遺品整理で見つけたという、亡き夫の「青春」が詰まったディスク。現代の量子ストレージ環境では、こんな磁気メディアを読み込めるハードウェアなんて博物館にしかない。

 俺は**3Dプリント部品**で即席出力した変換アダプタを、年代物のドライブに噛ませた。樹脂の焼ける甘い匂いが鼻をつく。フィラメントの質が悪いのか、それとも俺の設計データが雑なのか。
「……読み込み開始。総務省規格ドライバ、エミュレーションモード」
 独り言のようにコマンドを呟く。MOディスクがウィーン、カシャカシャと懐かしい音を立てて回転を始めた。この物理的な駆動音こそが、平成という時代の心音だ。

 その時、視界に警告色のウィンドウがポップアップした。
『エラー0x99:個人データ同期不整合。未承認の外部記憶媒体です』
 党ドクトリンのセキュリティアルゴリズムが、MOの中身を異物として弾こうとしている。このままではデータがパージされ、ディスクはただのプラスチックの板になる。
「チッ、これだから最近のアルゴリズムは融通が利かねえ。シンジ、バイパスしろ」
「へいへい。倫理検査官に見つかったら代理エージェントに格下げだぞ?」
「いいからやれ。婆さんがカウンターで待ってるんだ」

 俺は3Dプリントしたアダプタの接点を指で強引に押さえつけた。物理的な接触不良を装い、再試行のループに陥らせることで、認証の隙を突く。シンジが脳内でハッキングツールを展開し、並列処理されている内閣ユニットの隙間――ほんの数ミリ秒の空白へリクエストをねじ込んだ。

 ブラウン管の砂嵐が一瞬激しくなり、やがて像を結ぶ。
 表示されたのは、粗いドット絵のランキング画面だった。インベーダーゲームのハイスコア。ネームエントリーには『K.T』の文字。
「なんだ、国家機密かと思ったら、ただのハイスコアかよ」
 シンジが呆れたように笑う。
「馬鹿野郎。これが大事なんだよ」

 俺はデータを吸い出し、現代の汎用フォーマットに変換して婦人のスマートリングへ転送した。再同期完了。小さな緑のランプが灯る。
 カウンターへ戻り、婦人に「作業完了です」と告げる。彼女はリングを握りしめ、空中に投影されたスコア画面を見て、少女のように目を細めた。
「あの人、これを見せたかったんですね……昔、デートでいつも自慢していたんです」
 彼女の指先から、ほんの一瞬、若い頃の夫の姿がARで揺らいで見えた気がした。

 店を出ていく婦人の背中に、西日が長く伸びている。俺は首筋のパッチを剥がし、再びけだるい夕暮れのゲーセンに戻った。店の奥では、誰かがプリントしたばかりの格闘ゲームのボタンを叩く音が、規則正しく響いている。