通帳に残る、父のドット絵
──平成0x29A年04月13日 00:50
深夜0時50分、俺は「ワンダーランド」の閉店作業をしていた。蛍光灯の明かりが、陳列棚に並んだファミコンカセットのパッケージをくすんだ色に照らしている。BGMはMDプレイヤーから流れる平成初期のJ-POP。イントロのシンセサイザーの音が、この時間には妙に心に染みた。
ガラスケースに並んだ旧型ガラケーの充電器や、VHSデッキの脇に、最新の3Dプリント部品の交換用モジュールがひっそりと置かれている。新旧がごちゃ混ぜのこの店は、まるで俺の頭の中をそのまま形にしたみたいだ。
「誠、残高確認は終了しましたか?」
俺のタブレット端末の画面に、代理エージェント0x3Bの無機質なホログラムが浮かび上がる。父の顔を模しているが、感情のないAIの声が響く。本来の父のエージェントは、ただいま法定倫理検査中だ。
「ああ、終わったよ。デジタル円ウォレットも問題なし」
レジ締めの最終確認を終え、端末をデスクに置いた瞬間、けたたましいアラートが鳴り響いた。
『第0x312D内閣ユニット総理大臣に選出されました。任期は5分間です。』
またか。これで今月3度目。ランダムで選ばれるとはいえ、俺は少しばかり選ばれすぎている気がする。「党」のアルゴリズムは、俺みたいな人間をどこかで見ているのだろうか。それは、半ば公然と解読されていると言われるアルゴリズムの、最後の悪あがきか、あるいは冗談めいた優しさなのか。
代理エージェント0x3Bが即座に反応する。「政策変更リクエストが届いています。レビューしてください。案件:ブロック内ホビー用品における3Dプリント部品の標準化および流通促進案」。
画面には、既存の製品と3Dプリント部品の比較データ、コスト削減率、流通の効率化がグラフで示されている。「本案はコスト効率の最適化に寄与します。承認を推奨します。」代理エージェント0x3Bが淡々と告げる。
俺は、古いファミコンカセットを手に取った。真っ赤な「スーパーマリオ」のラベルがかすれている。これ、父さんが昔、買ってくれたんだっけ。壊れたファミコンを、父さんが自分で修理してくれたのを思い出す。あの頃、父さんは純正部品にこだわって、何日もかけてパーツを探し回っていた。
その時の父の口癖が蘇る。「古いものでも、ちゃんと直せばまだまだ使えるんだ。新しいものが必ずしも良いわけじゃない」
通帳のアプリを開く。父が使っていた古い通帳の記録。ゲームソフトの購入履歴、修理費の明細。無駄遣いするな、と言いつつ、俺の欲しいものをよく買ってくれた。あの父さんが、この「最適化」という言葉を聞いたらどう思うだろう?
3Dプリント部品の標準化は、確かに効率的だ。だが、古いものの価値を、思い出を、切り捨てることにはならないか? 父さんが大切にしていた「もったいない」の精神を、この無機質なアルゴリズムは理解できないだろう。
「代理エージェント0x3B、本件は非承認とします」
『了解しました。非承認としてシステムに署名します』と、代理エージェントは感情なく答える。5分間の総理の職務は、機械的な通知音と共に終了した。たった5分。けれど、俺の心の中には、父の笑顔が、ドット絵のように鮮明に浮かび上がった。
父の倫理検査が早く終わらないかな。本物の父さんの声なら、きっとこんな風には言わなかっただろう。でも、この選択は、父さんの言葉が俺の中に生きている証拠だ。俺は、父のドット絵を胸に、このワンダーランドを守っていくんだ。
MDプレイヤーからは、もうすぐ次の曲が流れ出す。平成の歌は、どこか切なくて、優しい。