電子蝋燭の灯る順序
──平成0x29A年 日時不明
お彼岸の寺務所は、スーパーマーケットの特売日のような活気を呈していた。私の目の前では、法要に訪れた参拝客たちが次々と商品をカゴに入れている。線香、ライター、そして何よりも山積みにされた単三乾電池。
「お会計はタッチパネルでお願いします」
私が声をかけるまでもなく、常連の高齢者たちは慣れた手つきで省人化レジを操作し、電子マネーの決済音を響かせていた。本堂の祭壇は火気厳禁のため、数年前からすべての灯明がLED式の電子蝋燭に置き換わっている。ゆらぎICチップを搭載したその偽物の炎を維持するために、大量のアルカリ電池が消費されるのだ。このちぐはぐな消費サイクルこそが、党ドクトリンアルゴリズムが算出した「平成的弔い」の最適解らしい。
『麻衣、三番区画の田中さんが迷ってるわよ』
骨伝導イヤホンから、亡き母の声が鼓膜を揺らす。母は生前、ここの寺庭婦人として全ての檀家の顔と墓の位置を記憶していた。その人格エージェントは、私の業務支援ソフトとして今も現役だ。
私はカウンターを出て、境内の入り口で立ち尽くす喪服の男性に声をかけた。
「田中様、お墓はこちらです」
彼は安堵したように、ボロボロになった紙の地図を広げた。何十年も前の、手書きのコピーだ。
「いやあ、景色が変わっちまって」
彼が地図の上を指でなぞる。私が装着しているハプティクス手袋が、彼の指の動きと連動して「ぶるり」と震えた。寺の埋葬データベースと、彼が持っている古い紙情報の座標ズレを、触覚フィードバックが警告として伝えてくるのだ。現実の墓石は、区画整理で二メートルほど東に移動している。
「地図のその場所は、今は水場になっておりまして」
私は手袋の振動を無視して、正しい方向へ彼を誘導した。物理的な位置など、参拝する心があればどうでもいいことなのかもしれない。
寺務所に戻ると、内閣ユニットからの通知がホログラムで浮いていた。新規戒名の党ドクトリン署名承認依頼だ。私はバックヤードの端末で、住職の代わりに承認作業を行う。
画面には複雑なハッシュ値が羅列されている。戒名の文字コードと、故人の生前の社会信用スコア、そして皇室遺伝子ネットワークの末端ノードとしての認証キー。それらを掛け合わせて、党の正当性を保証する署名が生成されるはずだった。
しかし、エラーランプが点滅した。
『あら、また不整合ね』
母の声が弾む。『この仏様、戸籍上の生年と党の登録データで、元号の解釈が一年ズレてるわ。昭和の終わりと平成の始まりが混線してる』
本来なら重大な違反だ。ドクトリン署名が通らなければ、この故人はシステム上で成仏できない。
「どうする? 再申請かける?」
『いいえ、そのまま強制署名しちゃいなさい。今のアルゴリズムは、多少の矛盾も「歴史的ゆらぎ」として処理するようになってるから』
私は母の言葉に従い、赤字で警告が出ている承認ボタンを押し込んだ。画面が一瞬ノイズにまみれ、次の瞬間には「承認完了」の緑色の文字が浮かび上がった。論理的には破綻しているが、儀式としては成立したことになる。
「適当だね」
『世の中、割り切れないことの方が多いのよ。電池のプラスとマイナスみたいに単純じゃないの』
私は息をつき、省人化レジの横へ戻った。棚の単三電池が減っている。私は段ボール箱を開け、新しい電池の束をガラガラと補充した。不整合な世界を照らすための、規格化された動力を。