薄れる自己、紙のポイントカード

──平成0x29A年04月22日 18:00

駐輪場の奥、管理室の古びたデスクで僕は端末を睨んでいた。平成0x29A年04月22日、18時ちょうど。定時報告の時間が近づくにつれて、ディスプレイ上のエラー通知が点滅を繰り返す。僕の個人データ、特に最近の移動ログと、それに連動するカーボンクレジット台帳の同期エラーだった。

「木下悠人様、個人データの一部に整合性の欠如が検出されました。再同期を推奨します」

耳元のインプラントから、代理エージェントの声が響く。祖父の茂は、先週から法定倫理検査に入っている。代わりに割り当てられた「システム管理AI・B」は、機械的で感情の起伏がない。僕が何かを問うても、常に規定の返答しか返ってこない。

「原因は?」
「特定できません。再同期オプションを実行しますか?」

僕の自転車、ブロック内移動では最適解とされる電動アシスト付きのママチャリだ。駐輪場にはいつも同じ場所に停めている。入庫時には、物理的な紙の駐輪札をハンドルに括り付け、同時に端末でデジタル記録も残す。この二重の手間が、データ不整合の原因になりやすいことは分かっていた。

現に、さっきも利用客の一人が「この紙札と、俺のマイページ上の利用履歴が合わねぇぞ!」とクレームを入れてきたばかりだった。彼の手には、くたびれた紙のポイントカードが握られている。デジタル決済が主流の今でも、このブロックではなぜか紙のポイントカードが生き残っていた。アナログな手書きでスタンプが押され、裏面には古めかしいロゴが印刷されている。

「そちら様のデジタルデータは正常です。紙のポイントカードの印字ミスか、システム側の印字デバイスの不調と思われます」

AI・Bが淡々と説明する。不調。それはこの世界のあちこちで起きていることだ。内閣ユニットのアルゴリズムは半ば公然と解読され、党ドクトリンは形骸化している。それでも、社会は一応の体裁を保って動いている。僕らの仕事も、その形骸化したシステムの末端を支えるものだ。

駐輪場出口のホログラム掲示板には、今日のおすすめラーメン店の情報がキラキラと浮かび上がっている。その隅には、小さく「一部システムでデータ同期遅延が発生しています」というアナウンスも表示されていた。誰も見向きもしない。僕も、ほとんど気にしない。

僕のカーボンクレジット台帳は、自転車での移動距離に応じて自動的に変動する。それがズレているということは、僕の「移動」という行為そのものの記録が不確かになっているということだ。働かずとも暮らせるこの社会で、僕はあえてこの仕事を選んだ。祖父が生前、自転車修理工だった影響もある。彼はいつも「記録も大事だが、本当に大事なのは実物だ」と言っていた。

だが、実物である僕の移動と、デジタル化された記録がズレる。それは、僕の存在のどこかが曖昧になっているような、奇妙な感覚だった。

「再同期オプションを実行しますか?」

AI・Bの声が繰り返す。僕は答えない。どうせ再同期しても、一時的に数字が修正されるだけで、根本的な不整合は解決しないだろう。誰かの手が加わらなければ、この歪みは消えない。だが、そんなことを期待するほど、もう僕は若くない。

僕はただ、そのエラーを画面に残したまま、定時報告のボタンを押した。淡々と、今日一日の駐輪場利用状況を送信する。僕のデータが多少ズレていようと、この世界は明日も同じように回るだろう。そして、僕もまた、この歪んだ世界の一部として、今日もまた自転車で独身寮へと帰るのだ。夕闇が、駐輪場をゆっくりと包み込んでいく。