集積場のコンティニュー

──平成0x29A年 日時不明

 ベルトコンベアの上を、かつて誰かの宝物だったガラクタたちが流れていく。俺はゴム手袋をはめた手で、素材ごとにそれらを弾き分ける作業を続けていた。視界の端で、ARグラスに表示された作業効率グラフが緩やかに下降線をたどる。午後の眠気がピークに達していた。

「パパ、右から来る黒いやつ、レアだよ」
 骨伝導イヤホンから、幼い声が響く。翔太だ。七年前に交通事故で亡くなった、当時十歳だった息子のアバター。俺の視界を共有し、退屈な単純作業に付き合ってくれている。
「おっと」
 俺は慌ててその黒い直方体を掴み上げた。角ばったフォルムに、青いロゴ。PlayStation 2だ。数百年経っても、この「平成」の遺物は頑丈なまま、地層の下から掘り起こされたり、旧家の蔵から出てきたりする。党のアルゴリズムが推奨する文化様式に合致するため、リサイクルランクは高い。
「懐かしいな。翔太ともこれで遊んだっけ」
「うん。僕、レースゲーム得意だったよね」
 翔太の声は明るいが、俺の胸は少し痛む。あの子が最後に遊んでいたのは、もっと没入型のVRだったはずだ。エージェントの人格生成時に混入した「平成エミュ」のノイズが、記憶を微妙に改変している。だが、俺はそれを訂正しない。

 休憩のベルが鳴り、俺はPS2を「高付加価値ボックス」へと放り込んで休憩室へ向かった。壁際の合成食品プリンタが唸りを上げている。俺は「唐揚げ弁当・醤油味」のボタンを押し、出力トレイから熱々の樹脂製パックを取り出した。見た目は完璧な唐揚げだが、原材料は藻類とリサイクルタンパク質だ。一口齧ると、焦げた醤油の香料が鼻を抜ける。

 食事を終え、工場の裏手にある町内会掲示板へ向かう。省電力マイクログリッドに直結されたこの掲示板は、地域の電力需給バランスを表示すると同時に、我々市民が「閣議」に参加するためのアクセスポイントでもある。
 掲示板の液晶は薄暗く点滅していた。今日の太陽光発電量が足りていないらしい。俺は端末をかざし、第二百三十六万回目の内閣承認作業を行おうとした。

『警告:個人データハッシュ不整合。再同期が必要です』

 突然、目の前に赤いウィンドウがポップアップした。同時に、耳元の翔太の声が歪む。
「パ……パ? なんか、暗いよ。声が、遠い……」
 心拍数が跳ね上がる。エージェントのデータは、党の分散サーバーと定期的に同期しなければ劣化する。このマイクログリッドの電圧低下が、同期プロセスに干渉したのか。
「翔太! 待ってろ、すぐ繋ぎ直す!」
 俺は再試行を連打したが、掲示板の画面には『電力不足により帯域制限中』の文字。このままでは、翔太の直近の学習データ――俺との会話の記憶――が欠損する恐れがある。
「やだ、忘れたくないよ……パパ……」
 ノイズ混じりの声が、俺の焦燥を煽る。俺は周囲を見渡した。正規のルートは電力不足で死んでいる。何か、物理的な認証キーとして使える外部メモリがあれば、ローカルで一時保存ができるはずだが、今の俺の手持ちには何もない。

 その時、作業着のポケットの重みに気づいた。さっきのPS2から抜き取って、なんとなくポケットに入れてしまった「メモリーカード」だ。八メガバイトの、黒いプラスチック片。
 俺は賭けに出た。掲示板のメンテナンスポートには、旧規格に対応するための汎用スロットがある。俺は震える手で、そのメモリーカードをスロットに差し込んだ。
「頼む、マジックゲート……!」
 数百年前の著作権保護技術が、現代の暗号化キーと奇跡的に噛み合うという都市伝説を、信じるしかなかった。

 一瞬の静寂の後、掲示板のバックライトが強く輝いた。
『外部ストレージ認識。旧ドクトリン署名を検出。ローカル権限で同期を完了します』
 プログレスバーが一気に右端まで走る。耳元のノイズが波のように引いていき、クリアな声が戻ってきた。
「……パパ? 聞こえる?」
「ああ、聞こえるよ。翔太」
 俺はその場に座り込んだ。汗ばんだ掌には、八メガバイトの黒い板が握りしめられている。たったこれだけの容量に、俺たちの今が救われた。
「セーブ、できたね」
 翔太が無邪気に笑う。俺は合成唐揚げの油っぽい後味を噛み締めながら、空を見上げた。鉛色の空の向こうで、誰かがまたランダムに総理大臣に選ばれているのだろう。だが今の俺には、この小さなセーブデータの方が、国の行方よりも遥かに重く、尊かった。