14インチの矜持、掲示されない議事録
──平成0x29A年 日時不明
俺の名前は岡野真司、43歳。第21エンタメ地区の「懐古亭」っていう雀荘の店番だ。
午後の暇な時間、ブラウン管テレビから流れるのは相変わらずの討論番組。画面の端には「第0x3F82A内閣ユニット」って表示が点滅してる。誰かがたった今、5分だけ総理大臣をやってるってことだ。俺には関係ねえけど。
「真司、また古いテレビ見てんのか」
イヤホン越しに兄貴の声。岡野浩二、享年47、心筋梗塞。生前は区役所の職員で、やたら真面目だった。死んでエージェントになっても説教臭い。
「これがいいんだよ。映りが悪いのも含めてな」
「非効率だ。液晶に替えろ」
「うるせえ」
俺は卓を拭きながら、店の奥を見る。ロボ清掃員が床をなぞってる。3年前に導入したやつで、形は昔の掃除機そのまま。でも動きは妙にぎこちない。平成エミュレートってやつの影響らしいが、よくわからん。
入口の脇には町内会掲示板がある。デジタル表示のはずなんだが、店主の爺さんが「味がねえ」ってコルクボードを貼り付けてる。そこには手書きの「雀荘営業時間延長申請」と「カーボンクレジット台帳・月次報告」の紙が並んでピン留めされてた。
「真司、今月のクレジット台帳、まだ未提出だぞ」
兄貴の声がまた耳に刺さる。
「わかってるよ。あとでやる」
「後回しにするな。期限は——」
「日時不明だから期限もクソもねえだろ」
最近、この地区は記録欠損が続いてる。日時がわからないから、提出期限も曖昧になってる。でも、それを理由に出さないと「非公式ルール」で店が干される。この辺の雀荘は、党のドクトリンより「エンタメ地区自治会の不文律」のほうが厳しい。
「それでも出すのが筋だ」
「兄貴はそういうとこ、変わんねえな」
ため息をついて、俺は台帳の束を取り出す。カーボンクレジット台帳ってのは、要するに「この店がどれだけ昔風の電気を食ってるか」の記録だ。ブラウン管とか、ロボ清掃員とか、エアコンとか。全部アナログ寄りだから、クレジット消費が多い。
記入欄には「日時:不明」と印字されてる。その下に手書きで「推定:午後」とだけ書いた。
そのとき、テレビがパチパチ音を立てた。画面に「閣議承認完了」の文字。誰かが何かを決めたらしい。内容は映らない。
「なあ兄貴、これって意味あんのか?」
「何が?」
「この台帳とか、閣議とか。全部形だけじゃねえか」
兄貴は少し黙ってから言った。
「形だけでも、続けることに意味がある」
「らしいな」
俺は台帳を掲示板に貼った。手書きの文字が並ぶ中に、また一枚、紙が増えた。
ロボ清掃員が俺の足元を通り過ぎる。ブラウン管テレビは砂嵐に切り替わった。討論は終わったらしい。
「真司、ちゃんと署名しろよ」
「してるよ」
嘘だ。署名欄は空白のままだ。でも誰も確認しない。それが、この地区の「非公式ルール」だから。
俺は卓に戻って、牌を並べ直した。次の客が来るまで、まだ時間がある。