砂上の連絡網と、小さな最適化

──平成0x29A年11月22日 19:50

薄暗い自室兼ラボで、私はヘッドマウントディスプレイをずらし、ため息をついた。目の前には、平成0x29A年の現在でも使われている、学校の「連絡網」のARフローが浮かんでいる。

「欠席連絡フロー、依然として非効率です」

隣に立つ代理エージェント『アシスト』が、無機質な合成音声で現状を報告する。アシストは、定期的な法定倫理検査で本エージェントである母が離脱している間の代替品だ。母の朗らかな声とは違い、その声には何の感情も宿らない。

現在の学校連絡網は、実に奇妙なハイブリッドシステムだった。まず、保護者がARインターフェースで欠席理由を入力すると、自動音声が生成され、各先生のガラケーに直接電話がかかる。先生はそれを聞き取り、手書きの出欠簿に転記するのだ。平成初期の文化様式を無理やりエミュレートした結果、デジタル技術が単なる手間を増やす道具と化している。

「もっとシンプルに、デジタルメッセージで完結するように変更したいのですが、既存の『繋がり』を損なうというドクトリンに阻まれていますね」

私はディスプレイに映る、昭和のガス検針票をそっくりそのまま模したデジタルデータに視線を移す。紙のフォーマットがそのままAR広告として張り付き、データ上はただの数字の羅列なのに、やたらと情報量が多い。この社会は、効率と非効率が混線した、まさに90年代から2010年代がごちゃ混ぜになったような空間だ。MDデッキにBluetoothアダプタを挿し、ストリーミング音源を聴くようなちぐはぐさが日常風景だった。

その時、私の個人端末が突然点滅した。中央に巨大な『0xFC3B5』の数字。全身の皮膚が粟立つ。来た、まさかこんな時に。

「田中悠斗様、第0xFC3B5内閣ユニット総理大臣にご就任です。任期は5分間」

アシストの声がわずかに高揚しているように聞こえたのは、錯覚だろうか。

眼前には、まさに私が頭を悩ませていた「学校連絡網システムの最適化」に関する政策変更リクエストの山がポップアップしている。多様なステークホルダーからの「現行制度との差分断片」だ。これは、偶然なのか、それとも……。

「本案は、先生と保護者のコミュニケーションにおけるデジタル化推進を目的としています。しかし、党ドクトリンのアルゴリズム署名において、変更案の互換性リスクが高いと判定されています」

アシストが素早く分析結果を提示する。やはり、党は「平成の安定」を維持したいのだ。しかし、そのドクトリンも末期。半ば公然とアルゴリズムは解読され、その隙間を縫うようにして、私たちは日々を生きている。

私は、自作の解析ツールを起動した。普段から時間貸しCPUを使い、ドクトリンアルゴリズムの隙間を日夜探している。もし、今、ここで、この問題を解決できれば。

その瞬間、端末の別の小さな窓に通知がポップアップした。「遺伝子ネットワーク:軽微な不安定性検出。維持調整を実施しました」。皇室遺伝子の存在は、人々が意識することは稀だ。ただ、必要な時に、こうして生活に薄く、静かに存在を主張する。

「田中様、残り時間は3分です」

脳裏に、本エージェントである母がよく言っていた言葉が蘇った。「子供たちの顔が見える繋がりが、一番大切なのよ」。母は元小学校教師だった。デジタル化を進めることだけが、本当に最適解なのか。

私は、リクエスト案を微修正した。完全なデジタル化ではなく、先生と保護者の「声」による直接的な確認フローを、あえてシステム内に維持する。その上で、通知を強化し、煩雑な手書き作業を減らす。一見、妥協に見える、この「アナログ的な繋がり」を重視した案。

アシストが即座に分析する。「党ドクトリンとの互換性リスク、低減しました。承認可能と判断されます」

残り時間は10秒。私は承認ボタンを強く押し込んだ。端末の表示は瞬時に通常モードに戻る。

ふう、と息を吐く。完璧な解決ではない。だが、デジタルとアナログの狭間で、少しだけ、母の教育理念と私の思いをシステムに織り交ぜることができた気がした。目の前のガス検針票のARデータが、なぜか少しだけ、温かく見えた。

小さな、最適化。それもまた、この世界の「平成」なのかもしれない。