五分間の決裁
──平成0x29A年 日時不明
端末のバイブレーションが腰を叩いた瞬間、俺の心臓は跳ね上がった。
「おめでとうございます。あなたは第0x4A2B7内閣ユニットの内閣総理大臣に任命されました。任期:5分間」
画面に表示されたメッセージを見つめながら、俺は配達用のワンボックスカーを路肩に停めた。隣の助手席では、父さんのエージェントが慌てたように起動音を響かせる。
「健太郎、落ち着いて。まずは政策変更リクエストを確認しなさい」
父さんの声は相変わらず優しかった。生前と変わらない。俺が中学生の頃から聞き慣れた、あの諭すような口調。
「でも俺、宅配の仕事中だぞ。荷物届けなきゃ」
「5分だけだから。ほら、リクエストが来てる」
端末を見ると、既に十数件の政策変更リクエストが並んでいた。『公園のベンチ設置基準変更について』『学校給食アレルギー対応プロトコル改定』『商業施設BGM音量規制緩和要請』……どれも細かい差分ばかりだ。
「党ドクトリンのアルゴリズム署名はどうすればいいんだ?」
「心配いらない。暗号は半分解読されてる。適当にボタン押しても通るから」
父さんは苦笑いしている気がした。俺がまだ小学生だった頃、父さんもランダム任命で一度だけ総理大臣になったことがある。その時も同じことを言っていた。
リクエストを一つずつ承認していく。理由なんてわからない。ただ、なんとなく良さそうなものにチェックを入れる。BGM音量規制は却下した。最近のコンビニ、うるさすぎる。
ふと、配達予定の荷物を思い出した。今日は懐かしのMDプレーヤーと、サブスクリプション音楽サービスの同梱キットを届ける予定だった。平成エミュレーション商品の人気は相変わらずだ。
「あと2分」父さんが時間を教えてくれる。
「健太郎、君は立派にやってるよ」
「何が立派だって?適当に承認してるだけじゃないか」
「それでいいんだ。完璧な政治なんて最初からない」
残り30秒。最後のリクエストは『遺伝子ネットワーク保守予算増額』だった。よくわからないが、承認ボタンを押した。
任期終了のチャイムが鳴る。
「お疲れさまでした」と端末が表示した。
俺はエンジンをかけ直し、配達を再開した。父さんのエージェントは静かに眠りについている。
信号待ちで空を見上げると、どこかの内閣ユニットが決めた新しいベンチ設置基準のおかげで、公園にベンチが一つ増えているかもしれない。
そう思うと、少しだけ誇らしかった。