あの日のMD、今日の告白
──平成0x29A年09月09日 14:10
「高橋さん、検品リスト。MDプレーヤー、14点。動作確認お願いします」
無機質な声が耳元で響く。振り向かなくてもわかる。代理エージェントの声だ。祖母のシゲは今、法定倫理検査の真っ最中。普段なら「あんた、こんな古いもん、まだ売れるんかいな」とでも言うだろうに。
「了解。いつもの棚に置いといて」
俺はリサイクルショップ「エコー・アンド・リピート」の店主、高橋渉。平成0x29A年、こんな時代になっても、世間は妙に「平成」をエミュレートしたがる。店に並ぶのは、MDプレーヤー、ガラケー型のARディスプレイ、CDラジカセ。需要があるんだから不思議なもんだ。
レジに立った。丁度、買い物客がデジタル円ウォレットで支払いを済ませている。「ああ、このガス検針票も一緒に買い取ってくれますか?」客が差し出したのは、紙の検針票だった。手書きで「平成0x29A年8月分」とある。デジタル情報とは別に、未だにこういったアナログなものが流通している。これもまた、平成エミュの賜物か。
店内の奥にある高額品保管庫の扉に手をやる。認証パネルに指紋を押し付けると、量子乱数ロックがカチリと音を立てて解除された。これも、党ドクトリンが「最も安定したセキュリティ」と判断した結果だ。俺にはただ、時々認証エラーを起こす、面倒な仕組みにしか思えない。
棚からMDプレーヤーを取り出し、電源を入れる。カセットを入れると、古びたバンドの曲が再生された。俺が小学生の頃に聴いていたやつだ。懐かしい。その時、右目の網膜に通知がオーバーレイ表示された。
『緊急通知:内閣総理大臣の役務があなたに割り当てられました。期間:5分。第0x29A-402-A-99999ユニット。』
またか。これで今月三度目だ。代理エージェントの声が即座に同期する。「高橋渉様、5分間の内閣総理大臣就任おめでとうございます。党ドクトリンに基づく閣議決定の補佐を開始します」
目の前の空間にホログラムのインタフェースが展開された。政策変更リクエスト。「現行:廃棄物リサイクルにおけるプラスチック製食品容器の分別義務化緩和。提案:分別義務の再厳格化、及び地域回収システムの自動化推進」。
「なんだこれ、うちの店にも関係あるじゃないか」
「提案は、地域環境負荷の低減と最終処分場の延命に寄与すると、党ドクトリンアルゴリズムが判断しています」代理エージェントが淡々と説明する。しかし、このアルゴリズムは半ば公然と解読され、末期を迎えていると聞く。本当にドクトリンに従うのが最善なのか。
頭の中で、シゲの声が再生されそうになった。あの人はきっと、「あんた、結局面倒が増えるだけやないか」と苦笑いして、でも「地球のためなら仕方ないか」と、結局は受け入れるタイプだった。
「反対意見は? 現場の人間には負担が増えるんじゃないのか」
「アルゴリズムの解析結果では、初期投資を上回る効率化が将来的に見込まれます」
結局、党ドクトリンに基づく「最適解」をただ提示されるだけだ。判断の余地があるようで、ない。このシステムは、人間に判断を委ねているようで、実はその判断すらもアルゴリズムによって誘導されている。
俺はため息をつき、「……承認」と短く告げた。ホログラムが光り、署名が完了した。
『総理大臣の役務、完了しました。お疲れ様でした』
MDプレーヤーからは、変わらず懐かしいメロディーが流れている。代理エージェントの声が再び。「倫理検査終了まで、あと17日と4時間32分です」
店内に設置された古びた町内会掲示板には、手書きの「資源回収のお知らせ」が貼られている。プラスチック容器の分別、どうなるんだろうな。
シゲ、早く帰ってきてくれないかな。代理エージェントには言えないけれど、あんたがいないと、こんな時どうしたらいいか、本当に困るよ。
俺は、MDプレーヤーから流れる懐かしい歌を聴きながら、そっと心の中でつぶやいた。いつか、この店も、このMDプレーヤーも、過去の遺物になる日が来るのだろうか。いや、もうなっているのかもしれない。
「……早く、会いたいな」
誰もいない空間に、俺だけの声が響いた。いや、それすらも、どこかのアルゴリズムが聞いているのかもしれないけれど。