ノイズ混じりのモーニングコール

──平成0x29A年10月18日 06:30

午前六時半。粉砕機が鈍い唸りを上げる中、俺のスマートグラスは「未処理データ:2,488,901件」と無機質に表示していた。
深夜ラジオから流れるノイズ混じりのヒットチャートは、俺が物心ついた頃と大して変わらないメロディーを繰り返している。第402ヘゲモニー期、何でも平成エミュと銘打たれてはいるが、こんな曲調までエミュレートされるとは少々げんなりする。

「隆、あんた、またそんなガラクタ触って」

耳元で、祖母の声がする。俺の近親人格エージェント、シヅだ。元写真館の店主だった祖母は、デジタルデータ全般に懐疑的なままだ。享年八十八、老衰だった。

「これはガラクタじゃないって。エッジAI端末。廃棄依頼だ。中の個人データを完全に消去してから粉砕する」

今日の俺の仕事は、大量に回収された旧世代エッジAI端末の最終処理だ。持ち主不明のまま、データ再同期が停止しているものがほとんど。数百万件ものデータが、端末の物理的な廃棄を待っている。

俺は最新型スマートグラス越しに端末の識別番号を読み取り、指先でデータ消去プロトコルを実行する。しかし、端末が粉砕機に吸い込まれていくその瞬間、スマートグラスに赤色のエラーが点滅した。「個人データ再同期不整合」。

「あー、またかよ」

最近、この手のトラブルが多発している。廃棄されたはずのデータが、なぜかブロック全体のネットワークに散らばり、結果的に俺のスマートグラスにまで誤って同期されてしまうのだ。俺は第5リサイクルブロックの職員であって、個人情報保護の専門家ではない。内閣ユニットの中央ドクトリンは、この種の「差分断片」を軽視しているようだ。

スマートグラスのディスプレイが、突如として別の誰かのライフログで埋め尽くされる。

『2004年10月18日:渋谷PARCOで新しいMDプレーヤー購入!』
『2010年5月3日:ガラケーで撮った地元の桜、綺麗すぎワロタwww』

過去の自分が閲覧したこともない、見知らぬ誰かの生活の断片が、まるで自分の記憶であるかのように表示される。しかも、画質も時代もバラバラで、まさに「平成エミュ」の混線そのものだ。吐き気がする。

「だから言ったでしょう、隆。データなんて、結局は形に残さないと駄目なんだよ。ほら、見てみなさい、これ」

シヅが指し示す先には、廃棄ラインに乗せられた古い段ボール箱がある。中には色褪せた「写真現像袋」がぎっしり詰まっていた。袋の中のネガは、すでに判別不能なほど劣化している。

「こんなもの、もう誰も見ないだろ」

「それでも、こうしてモノとして残ってるでしょう? あんたのスマートグラスの中の、得体の知れないデータとは違う。あの頃は、データはデータ、写真は写真、とちゃんと分けてたんだから」

シヅの声はもっともだが、俺にできることなど何もない。目の前の粉砕機は容赦なく稼働を続け、次のエッジAI端末を飲み込んでいく。スマートグラスには、また新しい「誰か」のパーソナルデータが流れ込んできた。

『2015年1月1日:年越しそば、最高だった!』

誰かが撮った年越しそばの写真が、妙に美味しそうで、俺の腹が鳴った。今日の朝食は、昨日から再同期された「誰か」の献立履歴に影響されて、鮭おにぎりにしようかと考えていたところだ。まさか、廃棄物処理場で人の食欲までコントロールされるとは。

「まったく、あんたも大変だねぇ。まあ、人生なんて、結局はノイズみたいなもんだからね」

シヅは呆れたように言うが、その顔はどこか満足げだった。データは消去されても、別の形で残ってしまう。しかも、自分の記憶と他人の記憶がごちゃ混ぜになる。俺は苦笑いしながら、次の廃棄物、さらに大量の「写真現像袋」の山をスマートグラスで認識する。きっと、この中にも、いつかどこかで誰かのスマートグラスに誤って再同期されるような、消しきれない「ノイズ」が詰まっているのだろう。朝食の鮭おにぎりも、果たして本当に俺の意思で選んだものなのか、急に自信がなくなった。