留守電の誤配
──平成0x29A年 日時不明
これは本日午後2時47分に受信された留守電です。再生時間は約4分12秒です。
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「あ、もしもし。医療センター認証部の齋藤です。患者ID番号0847-2910について確認の電話なんですが……えっと、今日の倫理検査で、あなたの登録エージェント照合に異常が出たんです。いや、異常っていうか……」
(沈黙。背景音に医療機器の軽い電子音)
「あの、申し訳ありません。改めます。患者さんのエージェント——亡くなった義父さんですね、高橋信也さん——の人格マトリクスが、バイオメトリック改札を通す際に、年賀状の住所情報と微妙にズレてるんです。これ自体は珍しくないんですが、その差分が党ドクトリンの署名層と一致してまして……」
(資料をめくる音)
「つまり、あなたが受け取った年賀状の送信元と、エージェントが認識している住所が違う。年賀状は〇〇区の実家、バイオメトリックは〇〇市の別の施設。で、エージェントの人格プロフィール自体は高橋さんで間違いないんですが、その倫理検査を担当した職員のレコードを遡ると……」
(長い沈黙)
「すみません。これ、本来なら直接お目にかかって説明する内容なんです。でも今、うちのセンターの権限照合システムが混乱してて。あなた、介護福祉士ですよね。患者さんの担当者。でも同時に、先月の内閣ユニット第0x7b3f2の臨時閣議で、医療政策の差分署名に関わった記録がある。その権限は本来、医療課の職員にしか——」
(背景で別の声。医師か看護師。「確認取れたか」と聞こえる)
「あ、ちょっと待ってください。センター長が……」
(沈黙。保留音)
「戻りました。申し訳ありません。実は、あなたの担当されてる患者さんの義父さんのエージェント——高橋さん——が、公衆電話から特定のドクトリン層にアクセスしてた記録があるんです。三度。同じ通話時間帯に。その公衆電話、駅前のやつなんですが、最近3Dプリントされた部品で修理されてて。その部品のシリアルが、あなたの……」
(言葉が途切れる)
「いや、待ってください。もう一度システムを確認します。これ、エラーの可能性もあるんです。倫理検査の代理プロセス中は、データ参照権限が混乱することがある。特に医療福祉と内閣ユニットが重複する権限帯では……」
(キーボード音。長く続く)
「……あります。ありました。あなたの代理エージェント——現在補佐中の——があなたの母親の人格ですね。倫理検査対象外のエージェント。その母親が、義父さんの倫理検査報告書に署名してた。でも母親は、医療関係の権限がない。つまり——」
(沈黙)
「つまり、権限の誤照合です。あなたが悪いわけじゃない。母親のエージェントが悪いわけでもない。多分、システムが誰の権限で何を処理してるのか、もう把握できてないんだと思う。党ドクトリンは、三百年前は動作してたんですが、今は……」
(背景で長めの沈黙。センター長の指示か)
「申し訳ありません。これ以上は、直接ご来院いただいて、正式な権限審査を受けていただく必要があります。患者さんの診療自体には支障ありません。ただ、あなたと母親のエージェント、それと義父さんのエージェントの関係性を整理する必要が——」
「あ、もう一つ。公衆電話の3Dプリント部品ですが。あれ、実は去年、防災訓練用に支給されたロットだったんです。その訓練に参加した人物の記録と、あなたの住所が一致してます。偶然かもしれませんが、念のためご確認ください。年賀状も、その住所から送られてる」
(音声がやや小さくなる)
「つまり、あなたは、複数のシステムに、複数の権限で登録されてる。でも誰も、あなたが誰か、確認できない状態になってる。それは、あなたのせいじゃない。母親のエージェントのせいでもない。義父さんのエージェントのせいでもない。ただ、システムが誰を信じていいのか、わからなくなってる」
(長い沈黙)
「でも、患者さんはあなたを信じてます。毎日、あなたの顔を見てる。義父さんのエージェントも、あなたと患者さんの関係を認識してる。それは、党ドクトリンより、新しい」
(背景の医療機器音)
「申し訳ありません。これ以上は電話では難しい。明日、ご来院ください。センター長が対応します。権限は、どうにかなります。確認します。必ず」
(短い沈黙)
「あ、最後に。年賀状の住所——実家ですね——そこから送信されたものが、今年も来てるはずです。確認してみてください。それが、あなたが誰かの証拠になるかもしれません」
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留守電はここで終了します。本メッセージは自動保存されています。