最終廃棄のプロトコル、あるいはナポリタン狂想曲

──平成0x29A年08月29日 22:50

平成0x29A年08月29日22時50分。第10リサイクルブロック最終処分場は、今日も深く静まり返っていた。この時間になると、稼働しているのは俺と、時折巡回するロボットだけだ。俺は「最終廃棄承認待機」と表示された業務端末の画面を睨んでいた。

「おい、拓海。まだ降りてこねえのか。こんなんじゃ、今日の分が明日まで持ち越しになっちまうぞ」

俺の隣から、祖父の声が聞こえる。清水吾郎、享年72。俺の近親人格エージェントだ。亡くなる前は町工場を経営していただけあって、とにかく効率を重視する。

「分かってるよ、じいちゃん。でも、こればっかりは内閣ユニットの判断待ちだからさ」

画面には、この廃棄物ブロックから上がった何十件もの最終処理リクエストが並んでいる。その全てに「党ドクトリンによる暗号アルゴリズム署名」が必要なのだが、ここ数時間、全く更新がないのだ。他の内閣ユニットはとっくに今日の業務を終えているか、あるいは別のリクエストを処理しているのだろう。

「まったく、昔はこんなことはなかったんだがな。党ドクトリンも、アルゴリズムが半ば公然と解読されるようになってから、ますます意味不明になってきた。誰が、どんな理屈で承認を止めているのやら」

じいちゃんの言う通りだ。ランダムで選ばれる5分間の内閣総理大臣が、どういう意図で保留にしているのか、全く読めない。いや、意図なんてないのかもしれない。ただ、アルゴリズムの気まぐれに翻弄されているだけだ。

休憩室のスマートドアが、巡回を終えたロボットの通過を知らせる淡い光を放った。カチリ、と静かな電子音。その音は、この広い空間で妙に響く。俺のガラケーがポケットの中で震えた。業務用の簡易連絡だ。画面を開くと「明日の朝番、Bエリアのメンテナンス、確認」とだけ表示されている。無機質だな、と思う。

「そういえば、じいちゃんのエージェント倫理検査、来月だっけ?」

「ああ。またあの無愛想な代理エージェントになるのかと思うと、気が重いがな。お前もリモート診療端末で眼科の予約しとけよ。その目、血走ってるぞ」

じいちゃんは俺の健康も気遣う。視線を少し動かすと、奥の壁際にある使われなくなった公衆電話が見えた。災害時のバックアップらしいが、電源が入っているのを見たことがない。これも平成エミュレーションの遺物の一つか。

もう一度、業務端末の画面に戻る。相変わらず「承認待機」の文字。じいちゃんがため息をついた、その時だった。

ピコン、と軽快な通知音。画面が更新された。ついに、承認が降りたらしい!

「おお、来たか! どの内閣ユニットだ? これでやっと業務が進む!」

俺は安堵し、画面を食い入るように見つめた。承認された政策リクエストの内容が表示される。

『第402ヘゲモニー期におけるブロック内福利厚生に関する閣議決定:第10リサイクルブロック最終処分場、及び隣接する第9資源再生ブロックにおける食堂メニューに「ナポリタン」を週二回提供する事を承認する』

俺は画面の前で固まった。じいちゃんも固まっている。

「……は?」

「おい、拓海。これ、お前が申請したリクエストか? 廃棄物処理とは何の関係もねえだろうが」

「もちろん違うよ、じいちゃん! こんなの、俺たちが上げてない!」

最終廃棄承認は、結局今日のところは降りなかった。代わりに来たのは、廃棄物処理とは一切関係のない、食堂メニューのナポリタン追加の承認だった。しかも週二回だ。俺とじいちゃんは顔を見合わせ、夜中の処分場に虚しい笑い声が響いた。これで今夜も、廃棄物は山積みになったままだ。

「……まあ、ナポリタン、嫌いじゃないけどな」

じいちゃんの呟きが、妙にむなしく響いた。