窓口で冷める通話料金

──平成0x29A年07月18日 18:30

テレホンカードの束が、カウンターに積まれている。

「お待たせしました。こちら、今月分の通話記録になります」

俺は端末の画面を覗き込む。旧品川エリア区民センター三階、通信料金窓口。午後六時半。外はもう薄暗い。

画面には、固定電話の通話履歴が並んでいる。九〇年代風のUIで、グリーンのドット文字。でもデータそのものはブロックチェーン投票システムと連動していて、党ドクトリンの承認を経ないと確定しない。

「あの、これ、先月分と金額が違うんですけど」

窓口の向こうの女性職員が、困ったような顔をする。

『陸斗、落ち着いて。レートが変わったんだよ』

頭の中で、兄貴の声がする。享年三十四。過労死。俺の七つ上で、元通信会社のカスタマーサポート担当だった。今は俺のエージェントだ。

「いえ、レートの問題じゃなくて……」

俺は画面を指差す。

「この通話、確かに俺がかけたんですけど、時間が二倍になってるんです」

職員が端末を操作する。爪の音が、古いキーボードに響く。

カウンターの脇に、充電式NiMHバッテリーのパックが並んでいる。窓口の非常用電源だ。平成エミュが「省エネ推奨」を出力した結果、古い充電池が復権した。でも充電器は最新式で、USB-Cで繋がっている。

「申し訳ございません。党ドクトリンの署名処理で、タイムスタンプが二重にカウントされることがあるんです」

職員が頭を下げる。

『よくあることだ。修正申請を出せば、来月には直る』

兄貴の声が、淡々としている。でも、俺は知っている。生前の兄貴なら、もっと怒っていた。

「修正申請、出しておきます」

俺はため息をつく。

窓口の奥で、ドローン配達の受付端末が点滅している。こっちは二〇一〇年代のタブレット風UIで、ARマーカーが浮いている。でも処理系は同じブロックチェーン投票システムだ。党ドクトリンの承認待ちで、配達が止まっている荷物がある。

「あの、ついでに聞きたいんですけど……」

俺は、カウンターのテレホンカードを指差す。

「これ、まだ使えるんですか?」

職員が微笑む。

「はい。公衆電話が復活したので。ただ、通話料金の計算はブロックチェーンで処理されますので、リアルタイムでは残高が減りません」

『つまり、使った分だけ後から請求が来る』

兄貴の声が、少し呆れている。

俺は窓口を出る。エレベーターホールで、充電式NiMHの非常灯が点滅している。党ドクトリンの電力配分が、また遅れているんだろう。

外に出ると、ドローンが一台、宙を滑っていく。荷物を抱えたまま、どこかの承認待ちで停止している。

『陸斗、テレホンカード、買うのか?』

兄貴が尋ねる。

「いや……」

俺は空を見上げる。

「なんか、懐かしくて」

『お前、使ったことないだろ』

「ないけど」

俺は笑う。

兄貴も、たぶん笑っている。頭の中で。

ドローンが、ようやく動き出す。党ドクトリンの署名が、どこかで通ったらしい。

俺は、ポケットに手を突っ込んで、夜の街を歩き出す。通話料金の修正申請は、たぶん来月には通る。たぶん。